かにこういう居士の句の認めてあるのを見ながら、「近頃の升《のぼ》さんの句のうちでは面白いわい。」と何事にも敬服せない古白君は暗に居士の近来の句にも敬服せぬような口吻《こうふん》を漏らした。居士は例の皮肉な微笑を口許に湛《たた》え額のあたりに癇癪《かんしゃく》らしい稲妻を走らせながら、
「ふうん、そんな句が面白いのかな。それじゃこういうのはどうぞな。……運命や黒き手を出し足を出し……その方が一層面白かあないかな。ははははは。」
 それは古白君は今の抱月、宙外《ちゅうがい》諸君と共に早稲田の専門学校に在って頻りに「運命」とか「人生」とかいう事を口にしていたので、元来それが余り気に入らなかった居士は一矢を酬《むく》いたのである。古白君も仕方なしに笑う……こんな光景がちぎれた画のように残っている。
 しかもこれが互に負け嫌いな居士と古白君との永久の別離であったのである。

    八

 居士は大分長い間広島に在った。容易に従軍の令が下らなかったので他の多くの記者と共に当時のいわゆる従軍記者らしい行動に退屈な日を送っていたらしかった。この間には一つの文章も纏った句作もなかったようである。久松《
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