余に読ませた。そうして常に下読を怠っていた余は両三度手ひどく痛罵《つうば》された。それからまた体操の下手な余は殊に器械体操に反感を持っていた。ある時、
「下駄を穿《は》いているものは跣足《はだし》になる。」と体操教師は怒鳴った。多くの人は皆跣足になった。余と碧梧桐君とは言合わしたように跣足にならなかった。順番が来て下駄を穿いたままで棚に上ろうとすると教師は火の出るように怒った。多くの生徒はどっと笑った。それから棚に上ろうとして足をぴこぴこさせても上れなかった時に多くの生徒は再びどっと笑った。これから後《の》ち器械体操に対する反感はいよいよ強くなって休むことが多かった。湯目教授の独逸語もよく休んだ。
その頃同級生であって記憶に残っているものは久保|天随《てんずい》、坂本|四方太《しほうだ》、大谷|繞石《じょうせき》、中久喜信周《なかくきしんしゅう》諸君位のものである。久保君は向うから突然余に口を利いて『尚志会雑誌』に文章や俳句を寄稿してくれぬかと言った。余はその頃国語の先生が兼好法師の厭世《えんせい》思想を攻撃したのが癪《しゃく》に障ってそれを讃美するような文章を作って久保君に渡したこ
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