東京駅にはただ遠方に行く旅客が集まり来るばかりである。自動車の中から寒そうに現れる家族連れがある。外套の襟を立てて重い鞄をさげた客が市電から降りる。それ等が泥濘を踏んで東京駅頭に立つ。
 少ない客を載せた円太郎は、雪汗を飛ばせながら景気よく駆けて来る。それが五、六台もたまって黒く雪の中にいるのが目立って見える。

    中央郵便局

 よく新聞を見ていると、郵便集配人が雪にこごえて山の中に死んでおったという話などがある。『あわれな郵便集配人よ。』とそれ等を読む度に瞼《まぶた》が熱くなるのを覚える。その集配人だとて人である。雪の深い山路などは行き度くないにきまっている。出来る事なら惰《なま》けて、終日|火燵《こたつ》に燻《くすぶ》っていたいであろう。時には暖炉《だんろ》のかたわらにばかりかじりついている上官を呪うこともあろう。決してその死んだ集配人を立派な人とも考えない。職務に忠実な人とも考えない。(職務に忠実で無い人とも無論考えないが)ただその集配人をそんな羽目にまで置く郵便の組織を感心する。集配人を殺す組織を感心するというと変に聞こえるが、それ程までにして郵便物を集配する組織立った
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