報知の自動車が翌日の新聞を満載して社の中から出て来る事である。各階のどの窓にも電灯が明るくともってその中には人の活動している様が想像される。それをうかうか眺めながら通っていると、警笛を鳴らして忽ち自動車が家の中から現れて来る。それが往来に来たと思うとまっしぐらに走り去る。その自動車に驚いて飛びのくと、今度は人を乗せた自動車が一方からやみを突いて来る。そのやみの中に立っている私は魂をひやしてまた片方に飛びのく。その後ろからも後ろからも自動車が来る。いずれも全速力で来る。夜ふけたこの辺は昼間の雑踏の時よりもなか/\に肝を冷やす事が多い。
 その路傍の暗い所に薄暗い灯をともした支那そばの店がある。其店は荷車の上にこしらえられたもので、のれんが垂れ下っている。中に二、三人首を突っ込んでいる。暖かそうな湯気の中にその横顔が見える。
 有楽町駅の這入《はい》り口《ぐち》にも小さい店のおでんやがある。そこにも又二、三人の人が暖かそうにおでんを食べている。
 有楽町駅に上って眺めると、帝劇の屋根の上には電灯が沢山にともっていて、そこが歓楽の境であることを思わしめる。震災後屋根の上の翁の像が除かれて、特
前へ 次へ
全49ページ中19ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
高浜 虚子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング