洋服を著て、膝から下を露出して、ランドセルを背負って、マスクを掛けて、チョコチョコとそれ等の群衆の中に交っている。まだ幼稚園か、小学校でもたか/″\一、二年生であろうと思われるのに、誰もついていない。一人である。それが敏活に大人の間をかいくぐって階段を降りる。忽ちその姿は見えなくなる。やがて又第三ホームの山の手線の電車の階段を上っているのを見る。殆《ほとん》ど毎日のように見る。
それ等の客の群衆は改札口に押し寄せる。ぞろ/\と後から後から来る。まだ人の山を築いておるのに、又電車が著く。吐き出す人は雪崩《なだれ》をうって又改札口に押し寄せる。併《しか》し流石《さすが》に東京駅である。改札口の人の渦は直ちに消え去ってしまう。後から後から来る人は、よく掃除された樋《とい》の水のように流れて行く。
改札口を出た人はそこから四散する。女学生かと見えたのが、改札口の駅員にちょっと礼をしてすぐ右手の構内の駅員室に消える。これはやがてその上に黒のガウンを羽織って礼売りの窓口に現れるのであろう。
乗車口を降りた人は丸ビルと三菱本館の間を通って行く人もある。また三菱本館の前を左に取る人もある。また目黒行、中渋谷行、新宿行、水天宮行の円太郎に乗る人もある。そしてその多くは丸ビルにはいる人のように見える。
丸ビルには一階に百室、八階で八百室、その一室に平均十人と見て一万人近くの人が毎日出はいりするわけある[#「わけある」はママ]。それに食堂、売店に出はいりする客を数えたら大変な人になる。
その丸ビルに吸い込まれる人を横切って自動車が駆ける。その自動車は何《いず》れも理不尽に駆ける。路行く人を屁《へ》の河童《かっぱ》と駆ける。だから丸ビルをそこに見ておって、その門口に突進するまでが大変である。命から/″\である。
今の三菱村がまだ原であった時分、その原の一隅に今の東京駅が出来た。その頃の東京駅はだだ広くって、旅客があちらに一人こちらに一人、駅員も尋ね廻らねば見当たらぬという状態であった。
『こんな広い不便なものを拵《こさ》えてどうする積りであろう。』などという呟《つぶや》きをきいたものだ。それが今はどうであろう。急行の出る前などは旅客が一杯で身動きがならぬ有様である。
『折角作るなら、もうすこし広いものを作って置けばいいに。』
そんなつぶやきが聞こえるようになった。
そこで乗車口も降車口もそのはいり口が幾度か改造された。(これははいり口ではないが、山の手循環線が出来た時であったが、そのプラットホームに行く階段が作りかえられた。)はじめ自動車口と人力車口と歩行者口とが区分されたが、それは却《かえ》って不便なものであった。ついで露天にれん瓦《が》が敷かれた。その部分だけは自動車がちん入しないので危険が少なくなった。が、今度は自動車の客が、雨天の節は雨ざらしにならねばならなかった。そこでその敷かれたれん瓦の一部を掘起こして、柱を立てて、その上にガラス張りの屋根が設けられた。これで先ず一応は落著いたらしく思われた。
が、この頃又乗車口の一部分のれん瓦を掘返して、何か工事をやっているのは何事であろう。聞く所によると、これは荘司が二十何万円とかを鉄道省に寄付して、そこの地下に理髪室浴場などを設けることになったのだという事である。
やがて遠からぬうちに東京地下鉄道のステーションがこの東京駅の前に出来るのだとかいう事も聞いた。それも結構である。又この荘司の理髪店も結構である。併しそれ等よりも東京駅と丸ビルを連絡する地下道を作って、われ等をして安心して門から玄関に行き得るようにしてもらい度いものである。二、三人自動車で轢《ひ》き殺してから、又|煉瓦《れんが》を掘りかえして工事をはじめるよりも、めい/\の命が無事なうちに願い度いものである。
活動がはじまる
朝早く東京駅に著いて、寒い北風を片頬に受けながら丸ビルに駆け込むと二、三台のエレベーターはもう動いている、八時十五分過ぎ位である。
七階で降りて、懐中から鍵を出してホトトギス発行所のドアを開けて内にはいると、スチームはまだ通っていないが、鉄骨に昨日のぬくみが残っていて何所となく暖かい。
四隣の部屋はまだ静かである。昨日帰ったあとにドアの穴から投げ込まれた郵便物が沢山ある。取り敢えずそれを整理する。それから袴《はかま》をぬいで、鍵だけを袂《たもと》に入れ、再びドアをしめて便所に行く。
便所には女の掃除人が今掃除をはじめたところである。石鹸の汁みたようなものを白い化粧れんがの敷いてある上に流し、ごしごしと磨きはじめる。私はだまって便所の中にはいる。
「おはよう。」という声がする。男の声である。
「おはようございます。」という声がする。これは掃除している女の声である。それから二、三言浮
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