東京駅にはただ遠方に行く旅客が集まり来るばかりである。自動車の中から寒そうに現れる家族連れがある。外套の襟を立てて重い鞄をさげた客が市電から降りる。それ等が泥濘を踏んで東京駅頭に立つ。
少ない客を載せた円太郎は、雪汗を飛ばせながら景気よく駆けて来る。それが五、六台もたまって黒く雪の中にいるのが目立って見える。
中央郵便局
よく新聞を見ていると、郵便集配人が雪にこごえて山の中に死んでおったという話などがある。『あわれな郵便集配人よ。』とそれ等を読む度に瞼《まぶた》が熱くなるのを覚える。その集配人だとて人である。雪の深い山路などは行き度くないにきまっている。出来る事なら惰《なま》けて、終日|火燵《こたつ》に燻《くすぶ》っていたいであろう。時には暖炉《だんろ》のかたわらにばかりかじりついている上官を呪うこともあろう。決してその死んだ集配人を立派な人とも考えない。職務に忠実な人とも考えない。(職務に忠実で無い人とも無論考えないが)ただその集配人をそんな羽目にまで置く郵便の組織を感心する。集配人を殺す組織を感心するというと変に聞こえるが、それ程までにして郵便物を集配する組織立った郵便事務に敬服する。
私は郵便物を自分で東京中央郵便局に持って行く事が屡々《しばしば》ある。中央郵便局はすぐ東京駅前にある。
この中央郵便局というのは、震災前までも木造の粗末な建物であった。震災後は殊に一夜造りのバラック建である。
表の戸からして粗末である。狭い入口が二つあって、その一つは開けっ放しになっている。沢山の人の出はいりに便宜なようにハンドルが細引か何かでしばりつけてあって一枚の戸が開いている。風がビュー/\吹き込んで寒いだろうが、局員はそんなことには頓著《とんちゃく》しないのである。
郵便切手を売る口、書留、速達便を受取る口、普通郵便を受取る口などに分れているが、すべて敏活に無造作に取扱われる。
書留、速達便の前には人の山を築いていることもある。私は速達便など持っていく時は、その山の後ろからポンと机の上に抛《ほう》りなげて、
「たのみます。」というと、局員は他の書留便などを処理している間でも、ちょっとそれを見てうなずいてくれる。そうして、他の書留便に移る寸隙を見て、切手の上に日付のスタンプを捺《お》して前の籠にポンと抛り込む。すべて敏活で無造作である。それがたのみ手の誰であるかという事にもとより頓著はない。小僧、給仕、車夫、勤め人、女給、禿頭、様々な人が群集して来ているが、総てに対してそうである。かの多くの三等局などで、速達便を持って行くと、前に誰かが出したただ一本の書留郵便を処理するのに悠々と時間を費し、漸くその書留郵便を終ると、はじめて速達便に移って、わかっている目方のものを鄭重に秤《はかり》にかけて見てやっと受取るようなのとは大変な相違である。
余り無造作なので、あれで無事に配達してくれるかと思う事もあるが、三、四時間の後《のち》にたしかに先方で受取ったという電話がかかる。
普通郵便物にしたところでポストに抛り込むように出来てはいるが、そこに一人いる局員に手渡しても受取ってくれる。彼は受取るかたわら地方別にしている。
雑誌などを車で引き込むと、すぐ向うの方で、それが処理されている様子である。
郵便の赤自動車は絶えず裏口から出ている。
万事が簡捷《かんしょう》で、少しも手数を要せぬ。それに局員が勤勉で無造作である。
私はこのバラック建の中央郵便局が好きである。たま/\現在の局員が皆いい人なのかも知れぬが、そればかりでもあるまい。矢張り沢山の人が来るこの郵便局は自然|斯《こ》うなくてはならないのであろう。それにバラック建という事が局員の気を軽くするところもあろう。
中央郵便局はやがて立派な建築をするということである。そうすれば東京駅頭に又美しい建物が一つふえるであろう。立派な建築が出来たらこんな風に無造作には行かなくなるかも知れぬ。併しわが愛する中央郵便局はどこまでもかく無造作にありたい。無造作にあるように窓口の建築をする事だ。
山中で凍死する集配人にも敬意を表するが、この中央郵便局員にも敬意を表する。
惜別
丸ビルのホトトギス発行所で社員が新しく出来て来た雑誌の発送をしていた。二、三人の俳人も来合せてその手伝いをしていた。そこへヒョコッと淋し気な顔を出した男がある。それは近々来るという事がわかっていたので、発行所のものや、その俳人達も暗に待っていたところのものであった。
その男も矢張り俳句を作る男で新潟の片田舎のものであった。それが商売の方が面白く行かないためか、外に理由があってか、今度ブラジルに移住することになったのである。もう近々渡航するという話であった。
「どうしたんだろう。ちっとも
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