。
「高坂さんや深水さんにも、だまってゆくのかい?」
あきらめた母親は、末の妹をおぶって途中まで送ってきながらいった。三吉はむこうむきのままうなずいただけだった。町はずれから田甫《たんぼ》へでて、例の土堤《どて》の上の道へでたところで、母親は足をとめた。
「どこまでいっても、おなじこったから――」
バスケット一つだけもっている三吉もふりむくと、
「こっからお江戸は三百里というからなァ――」
と、母親は、背の妹をゆすりあげていった。三吉の母親たちは、まだ東京のことを江戸といった。
「わしが死んでも、たかい旅費つこうてもどってこんでもええが、おとっさんが死んだときゃあ、もどってきておくれなァ」
三吉はうなずいた。うなずきながら歩きだした。途中でも、まだ見おくってるだろう母親の方をふりむかなかった。――土堤道の杉のところで、彼女が野菊をつまんで、むねにもたれるようにして何かいったことも、いまは思いだしもしなかった。――土堤道のつきる遠くで停車場の方から汽車の汽笛がきこえていたが、はやる心はなかった。ハンチングをかぶった学生のボルの姿は、ただひとつの道しるべだったけれど、小野たちとはべ
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