いうもんですよ。ええ」
 夜になって、高坂の工場へいって、板の間の隅で、“|来《きた》り聴《き》け! 社会問題大演説会”などと、赤丸つきのポスターを書いていると、硝子《ガラス》戸のむこうの帳場で、五高生の古藤や、浅川やなどを相手に、高坂がもちまえの、呂音のひびく大声でどなっている。そしてボルの学生たちも、こののこぎりの歯のような神経をもっている高坂との論争は、なかなか苦手であった。そばで一緒にポスターを書いていた五高の福原も、筆をほうりだしてそっちへゆくと、三吉はひとりになってしまう。
「――勿論《もちろん》、貴公らがだナ、ボルだのアナだのと、理想をいうのはけっこうですよ。しかし、しかし――まぁ、わしのいうことをきくがええ、しかしだナ、熊本あたりの労働者というもんは、そんな七むずかしいことはわからんたい。ああ、普選運動がやっと……」
 それを、さえぎろうとして古藤の早口が、
「――理、理想じゃないですよ。げ、げ、現実ですよ。東、東京の労働者……。ア、ア、アナ、アナルコサンジカリズムなんか……」
 と、やっきになっているけれど、彼はひどい吃《ども》りなので、すぐ何倍も大きな高坂の声にかき
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