よくかたづいていて、あたらしいタンスや紅いきれのかかった鏡台やがあった。
「印刷工組合の指導者、青井三吉も、女にかかると、あかんな、うーん」
長野がコップをつきつけた。女房に子供もあるがチャップリンひげと、ながいあごをもっているこの男は、そんな意味でも女工たちに人気があった。三吉は焼酎をのみながら、事務的に用件をいった。いいながら自分に腹がたってくる。どうしてもこの男にバカにされてしまう。――用件というのは、東京の「前衛」社から高島貞喜がくるという通知を受けとったこと、その演説会と座談会をやるため、印刷工組合と友愛会支部とで出来ている熊本労働組合連合会の役員たちが宣伝をうけもつこと、高島の接待は第五高等学校の連中がやること等であった。しかし同じ新人会熊本支部員である長野も深水も、この用件にあまり興味をもたなかった。第一に高島が有名でないこと、次に高島がボルだということからであった。
「おあがんなさい」
深水の嫁さんがしきものをだしてくれた。うなずきながら、足首までしろくなったじぶんの足下をみていると、長野がいつもの大阪弁まじりで、秋にある、熊本市の市会議員選挙のことをしゃべっている。深水はからだをのりだすようにして、
「そりゃええ、パトロンが出来たなら、鬼に金棒さ、うん――」
ゆあがりの胸をひろげて、うちわを大げさにうごかしている。頭髪にチックをつけている深水は、新婚の女房も意識にいれてるふうで、
「――わしも応援するよ、普選になればわれわれ熊連は市会議員でも代議士でも、ドンドンださんといかん」
いいながら、こんどは三吉を仲間にいれようとする。
「君ァどうかね? え、わしがパトロンをめっけてやってもええが」
三吉は早くかえらねばならぬと思っている。専売局の截刻工である深水は、かねてから市会議員などになりたがっていた。しかしまだ印刷工組合に小野鉄次郎がいたころは、彼にしろ長野にしろ、こんなに露骨にはいわない筈《はず》であった。
「高坂が準備してるいうやないか?」
こんどは長野が三吉をのぞきこんだ。高坂はやはり印刷工組合の幹部で、自分で印刷工場も経営している。一方では憲政会熊本支部にもひそかに出入《でいり》している男であるが、小野、津田、三吉の労働幹部のトリオがしっかりしているうちは、まだいうことをきいていた。
「きみィ、応援するのやろ?」
三吉が黙ってい
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