ても幕府支配の下にあつて、往々にして幕閣でも重要な政治機微について用辯してをり、諮問に與かるくらゐのことはあつたであらう。しかも彼等は士分でもなく、さればといつて純然たる町人でもなかつた。
 通詞制度はいつごろ出來たものか?「和蘭通詞又譯司は通譯官と商務官とを兼ねたものであつて、オランダ人はこれをトルコと呼んだ。和蘭通詞は平戸時代からあつた。但、その整然たる階級は長崎時代になつてから出來たもののやうである」と、板澤氏は「蘭學の發達」で述べてゐる。つまり慶長五年に和蘭船が九州豐後水道の沖合に漂流して以來のことにちがひないが、秀吉末期までは政治の方針も相違があつたから、恐らく通詞の性格が確然としたのは家光以後の事だと、私らにも想像がつく。
 たしかに「通譯官」と「商務官」にはちがひないが、今日の常識でいふ「官」と名づけられる程の内容があつたかどうかは疑はしい。たとへば文化十一年、蘭館長ヘンドリツク・ヅーフが、本國が英國のために降伏して、前記したやうにその六年前には「英艦事件」を惹き起したが、再び英國は蘭人で前任館長カツサを表面にたてて、ヅーフの任期既に經過してゐることを楯にとつて、合法的な
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