は、どんなに工夫しても右肩だけを強くおとす癖をもつてゐて、刷り物をムラにしては、兄弟子たちに幾度インクベラを叩きつけられたか知らない。もちろん御機嫌のいいときもあつたわけで、いそがしい年末の徹夜業のときなぞは、私はなかば眠りこけて、このハンドにブラさがつてゐたやうなものだ。
 それは昔の幼な友達であつた。しかしまるい支柱を撫でながらフトむかふの壁の貼紙を讀んだとき、またびつくりした。貼紙によれば、これが宣傳にあつた、幕府時代にオランダからある大名に獻上されたダルマ型ハンドプレスといふことだつた。私は指を折つて數へてみた。十二歳は明治四十三年である。すこし年代が距りすぎてゐる氣がするが、もちろんこのオランダ渡りのハンドプレスそのものが、三十年前九州の片田舍で私の使つてゐた機械ではあるまい。しかし電動機が九州一圓にも普及したのは、もう大正になつてからだから、このオランダ渡りはその見本となつて、日本でも製作され、同じ型のものが九州の片田舍では何十年も使用されてゐたのであらうか。
 私は偶然ながら昔の友達に逢へた喜びのほかに、印刷機械の歴史を四五十年遡ることが出來たのを覺えながら、その古風なダ
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