つた寫本を一枚づつめくつてゐるものの、少しも文字づらは眼に映つてはこなかつた。「ま、本木昌造の功績といへば、近代活字を工業化したといふ點にあるんでせう。」
私は心のどつかでしきりと抗はうとするものを感じながら、K・H氏のゆつくりと結論する言葉を聽いてゐたが、K・H氏の川本幸民や、木村嘉平についての説明を聽けば聽くほど、私の抗はうとする氣持は、よけい窮地に追ひこまれていつた。
「要るんだつたらお持ちなさい、ええ、ぼくはいま使つてゐませんから。」
私は「遠西奇器述」の寫本と、他二三の書物を借りて風呂敷につつんだが、それはたぶんに負惜みみたいな氣持であつた。私は親切なK・H氏に見送られて玄關を出たが、すつかり悄氣てしまつてゐた。
二
すこしばかり出來かかつてゐた本木昌造のイメーヂは、私の頭の中で無殘にくづれていつた。最初のうちは「遠西奇器述」の寫本など見る氣がしなかつた。私の頭の中には、白髮の總髮で、痩せた細おもての燃えるやうな理想と犧牲心とで肩をそびやかした昌造の横顏が、かなり濃く映つてゐたが、いまはぼやけて、至つて平凡な、少々手先が器用で、物ずきで、尻輕な、どつか田
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