ゐるなンて、ぼくもそんなことを何度も經驗したよ、こんどは俺の番といふわけだ、なアにたいしたこつちやないさ。」
三谷氏は胸の上にかざしてゐる右掌の指をふだんに動かしてゐる。神經質になにか探してゐるやうな、その火箸のやうに長ツぽそい指の、殊にまむしの頭みたいに平べつたくなつてゐる人差指は、活字のケツを永年つついてきた植字工の指であつた。最初はさすがに遠慮してゐたH君も、却つて病人に促されてベツドのそばに椅子を寄せて、緊張しながら自分の質問を訊いてゐた。
「本木の入獄が? いろいろ説があるが、つまり洋書の購入にからんで、他人のために罪におちたといふのが、一ばん妥當だネ。」
「他人といふのは、品川梅次郎のことですか?」
「さうさう――だがね、入獄といつてももつと研究してみる必要があるよ、年代的に繰つても入獄の期間中、本木はいろんな仕事をしてゐることが、事蹟で明らかになつてゐる。それは、おれの本木傳を讀んでくれればわかる――」
昂奮のせゐか三谷氏は元氣さうだつたが、だんだん呼吸ぎれがはげしくなつた。狹いベツドの衝立の間に棒立ちになりながら、私はそんな會話もよく耳にはいらなかつた。他に訪ねてく
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