と誰かが自分をよぶので、何氣なくあたりを見※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]してゐると、とんでもない頭の上から彼のながい顏がのぞいてゐて、びつくりさせられたりしてゐたことを憶ひだす。
三谷氏がその頃から本木昌造の事蹟について研究してゐたかどうかは知らなかつた。私たちより一時代先輩の職工だつたが、職人氣質なところはあまりなくて、いつも肩を聳やかしてゐるやうな、何事にも一異説をたてねばをさまらぬといつたやうな、いつこくなところがあつて、職長も彼にだけは「三谷さん」と稱んでゐたのをおぼえてゐる。
しかし二十年ぶりの邂逅はあわただしいものであつた。細君はどうせ助からぬ病人だからといつても、私は手首の時計が氣にかかつてならなかつた。H君はそばで偶然な出來事にボンヤリしてるやうだつたが、三谷氏は「きみ」と至極晴やかにH君へ云つた。
「手紙ありがたう。ぼくもどうせ永くない命だから、生きてるうち、何でも質問したまへ。」
「は」とH君が固くなるのに、三谷氏はカラカラとわらひかける。
「遠慮要らんよ、歴史とか、研究とかいふもんはネ、すべてそんなもんさ、ああ、やつと探しあてたら相手は死にかかつて
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