の著者もまた古賀十二郎氏の談をあげて「然し蘭書輸入の點ではとがめは受けて居る」と云ひ、「安政二年に幕府の命に依り、奉行水野筑後守の調を受けて居る。それは和蘭書無斷買入れである」と[#「買入れである」と」は底本では「買入れであ」ると」]、「蘭書取次原因説」に同意して[#「「蘭書取次原因説」に同意して」は底本では「蘭書取次原因説」に同意して」]、しかし「微細なものにて、入牢せられたものとも想像されず」と否定説を固持してゐるのである。
そこで私らが判斷しうることは、入牢肯定、否定を通じて、昌造が安政二年には「蘭書取次」あるひは「購入」で幕府に罪を問はれたことだけは確實だといふことである。たとへば「印刷文明史」のいふ如く「揚屋入りを申しつけ」られたといふ「入牢形式」ではなかつたかも知れぬが、「本木、平野詳傳」の著者のいふところもまた、その他の形式による處罰もまつたくなかつたと否定し得てゐるわけではない。逆にいへば、昌造の通詞としての公的生活は、殊に嘉永六年以來は非常に多忙で、常識的にいへば順調だつたにも拘らず、安政二年以後は萬延元年末飽ノ浦製鐵所御用係となるまで、ほとんど絶えてしまふのは何故
前へ
次へ
全311ページ中263ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
徳永 直 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング