こちらでも見當がついた。
「こちらへお入んなさいと云へ。」
あふのいたまま二枚の名刺を支へてゐる痩せた手首はふるへてゐるのに、案外大きな聲であつた。
「大丈夫なんですか?」
廊下へ出てきた細君にH君がたづねてゐる。
「ええ、けふはどうしたんですかネ、とても元氣ですの。」
襷を弄くりながら、
「それにもう、どつちにしたつて同じだつて、お醫者さんも――」
と話しかけてゐるのに、ベツドからはかんしやう[#「かんしやう」に傍点]な大聲がつつぬけてくる。
「何をグヅグヅしとる、早く、はいんなさいと云はんか。」
ハイハイ、と細君はそつちへ答へておきながらも、見ず知らずの人間にも頼るやうなオロオロした聲の調子であつた。
「だからもう勝手にさしとくんですよ。ええ、あれで本人だつて、あきらめてはゐるやうですけれど――」
ベツドの傍へ近づくと臭氣が鼻を衝くやうだつた。ひろげた腹部はガーゼで蔽つてあつて、便はみんなその切開口から出るのださうである。三谷氏は痩せて萎びきつてゐるが、大男でベツドから兩足がハミでるくらゐ。さつきから名刺をもつたままの手をふるはせながら、首をこつちへ捻ぢむけて、顏だけで
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