ゐて、ベツドが目白押しにならんだ廣い病室から患者たちの苦しい呼吸づかひが聞える。風がない日で、廊下には附添の婆さんなぞの、アツパツパの裾を太股までたくしあげた、けだるい風體でしやがんでゐるのや、バケツをさげて立話してゐるステテコのズボンから毛脛をむきだしたおやぢさんやら、そんな附添人たちの庶民的風體からしてもこの病院の性質がわかる。「三谷幸吉」といふ名札は、廊下の一番はしの入口に他の名札とならんでゐたが、先に立つてゐるH君がどちらのベツドだかわからず入りそびれてゐると、廊下にしやがんでゐた内儀さん風の四十あまりの人が、襷をはづしながら近寄つてきた。
「どちらさんでせうか?」
小柄で、看護やつれをした顏に、洋服を着た人間なぞの訪問に馴れない人のオドオドした表情がある。H君が名刺を出して、前に手紙をあげた者だといふと、「はあ、はあ」と恐縮したやうに、
「三谷の家内でございます。」
とお辭儀した。
私もお辭儀して名刺を出すと、内儀さん風の人は、それをもつて内部へはいつていつたが、ツイ鼻さきの衝立のきはのベツドにあふのいてゐる、もうだいぶ地が透けてみえる白髮の雜つた頭が、當の三谷氏だ、と
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