過が惡いさうだ、待つてゐても望みないから、話は出來なくとも見舞だけでもゆかうぢやないか、といふことである。早速應諾の返辭をやると、折返して濟生會病院だから、明日午後一時省線澁谷驛のホームで逢はうと書いてきた。
 八月の中旬でひどく暑い日だつた。私たちは澁谷で一緒になつて、五反田驛で降り、それから市電で赤羽橋まで行つた。停留場の近所で、見舞のしるしを買はうと思つて花屋へ入つたとき、私とH君は顏を見合せるのだつた。
「いくつくらゐの人だらう?」
「さア、いづれ年輩でせうネ。」
 まつしろな、山百合よりも清楚な感じで、もつと匂ひの淡い花を五六輪買つた。花屋の内儀さんに訊くと、これがさんざし[#「さんざし」に傍点]といふのだつた。
「質問さしてもらへるやうだと有難いがなア、しかし惡いかしら?」
 みちみちH君は手帖をめくつてみせながらそんなことをいふ。手帖には以前から準備してゐたものらしく「昌造入獄の眞の原因は何なりや」などといつたことが二三、箇條書になつてゐる。私にも返辭はできなかつた。
 受附で訊くと病室はすぐわかつた。待合室の廣間をぬけると最初の廊下を左に折れた。窓はみんな開放しになつて
前へ 次へ
全311ページ中25ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
徳永 直 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング