で名札を書いてゐたといふ話や、その他最初のルラーの研究者境賢治とか、今日の活字ケースを創つた山元利吉といふ人の苦心談といつたもの、複雜な近代日本の印刷術が完成するまでの、じつに澤山の有名無名の發明者、改良者の苦心が描かれてあつたが、私がこの書物の著者に感服してゐるのは、多くはもはや故人となつてゐる、それらの人々を探しあるいたこと、殊に發明者とか改良者とかいふ人が、多くは産を成したわけではないので、窮乏離散してしまつた遺族をたづねあるいて聽き取つたりする仕事も、並大抵ではなかつたらうといふことであつた。
「どうです、いちど三谷氏を訪ねてみようぢやありませんか。」
 H君は熱心であつた。
「住所はわかつてゐます。つて[#「つて」に傍点]はなくてもさきに手紙を出しとけば會つてくれるでせうから、二人で行つてみませんか。」
「いいね、行きませう。」
 私もよろこんで答へた。
 それから數日經つとH君から手紙がきた。それによると三谷氏は入院中で、何病氣だかわからぬが面會謝絶ゆゑ、いましばらく見合せようといふことだつた。いくらか失望したが、また數日經つと、こんどは速達が來た。三谷氏は胃癌の大手術で經
前へ 次へ
全311ページ中24ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
徳永 直 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング