語を心得候もの無之、當方通詞共儀も、亞米利加語は昨年來自分心得にて端々聖か相覺申候得共、込み入り候儀に至候ては何分通じ兼ね――」といふ次第であつた。
その「通じ兼ね」る通詞でさへ「――昨年來數年手掛け罷在候通詞堀達之助儀は、當節病氣にて引籠――右に付談判出來不申、甚差支候に付、定めし御地も御用繁に可有之御座候得共、若々御繰合出來候はば、御普譜役[#「御普譜役」はママ]森山多吉郎を右談判相濟候迄御差越被下候樣――若右樣難相成候はば、通詞本木昌造にても早々御差越被下――」云々。この文でいふ談判とは下田柿崎村玉泉寺に、船をプーチヤチンに借りられた捕鯨船乘組のアメリカ人男女數十名が滯在してゐて、その始末についてアメリカ人との交渉である。ところが川路から下田奉行への返翰でみると、その本木昌造も劇務のため病氣になつてゐるし、森山はまた川路の手足となつて、日露修好條約の後始末をしてゐるのだから手が離せない。さればといつて玉泉寺のアメリカ人も勝手放題に歩き※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]つて放つてはおけない。「――此上は昌造儀病中には候得共、此節柄餘儀なき場合に付、駕籠にて成共、押して出勤
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