物語つてゐるが、さらにプーチヤチンの軍艦一隻は海嘯を喰つて破損、修理のため曳航中宮島沖で沈沒、プーチヤチン自身ですら身をもつて海岸に泳ぎついたといふ遭難事件もあつた。しかもプーチヤチンは佛艦を逆襲して、これを拿捕しようといふやうな戰爭を一方でやりながら、條約が締結し終へるまで、日本側委員にすこしの弱味も見せなかつた男である。
 川路は「下田日記」の十二月八日に書いてゐる。「――おもへは魯戎の布恬廷は、國を去ること十一年、家を隔つること一萬里餘、海灣の上を住家として、其國の地を廣くし其國の富を増さむとしてこころをつくす、去年以來は英佛二國より海軍を起して魯國と戰ひ、かれも海上にて一たひは戰ひけむ、長崎にてみたりし船は失ひて、今は只一艘の軍艦をたのみにて、三たひ四たひ日本へ來りて國境のことを爭ひ――一たひはつなみに遭ひ――艦は海底に沈みたり、されと少も氣おくれせす再ひこの地にて小船をつくり――常にはフテイヤツなとといひて罵りはすれとよく思へは――かくお用ひある左衞門尉なとの勞苦に十倍とやいはむ、百倍とやいはむ、實に――眞の豪傑也――」
 川路はまた敵を知つてゐたのである。「フテイヤツ」とは
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