からの經驗からいつても、木活字は材が黄楊《つげ》にしろ櫻にしろ、屈りやすく高低が狂ひやすい。印刷機がプレスでなくばれん[#「ばれん」に傍点]であれば尚さら汚かつたにちがひない。而も再び木版に代られて、室町以前とは比較にならぬ印刷文化の隆盛をみたのは、印刷技術の進歩といふよりはむしろ當時の社會的事情にあつたのだらうか。
 私の目的はしだいに近づいてゐた。徳川末期になつて海外との折衝が頻繁になり、醫術にしろ鐡砲にしろ電氣にしろ、それらが武士や町人の間に研究され實踐されるに從つて、木版や木活字は何とか改良されねばならなかつたにちがひない。三百年前肥前長崎から逐はれた「活字鑄造機」のことを思ひだすよすがもなかつた人々は、たとひ蘭書によつてその片貌は察し得ても、グウテンベルグと同じやうな最初からの辛苦をかさねたことであらう。やがて大鳥圭介による鉛の彫刻活字が工夫され、「斯氏築城典刑」など、いはゆる幕府の「開成所版」なるものが出來た。寫眞で見ても、從來の木活版に比べると同日の比ではない。
 しかし私のやうな印刷工から考へると、近代活字の重要性は彫刻しないことにある。字母によつて同一のものが無際限に
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