海の日本が蒸汽軍艦と砲身のながい大砲で脅やかされてゐること、第二に當時のわが日本はいかにも「御武備御手薄」であつたこと、第三に國威を第一に考へる點では齊昭も川路も江川も勿論一致してゐるが、方法の點ではちがひがあること、第四に川路、江川らは「ぶらかし」てゐる隙にペルリに對抗し得るだけの近代的武備を完了してしまはうといふこと等である。そこで今日の私らが考へることは、「ぶらかし」てゐるうちに、ごく短時日のうちに、ペルリを打ち破るほどの蒸汽軍艦や近代的な大砲やがすぐ出來ると、江川たちは考へてゐただらうか? また「ぶらかし」が五年も十年も出來ると考へてゐただらうか? それを明瞭に示した記録は今日のこつてゐないやうだ。
水戸齊昭も「――ぶらかし候儀、しかと御見留有之、出來候儀に候はば其儀存意無之、異船來れば大騷ぎ致し、歸り候へば御備向忘れ候事無之候はば、ぶらかすも時にとりての御計策――無已候」と云つてゐるが、齊昭とても、「ぶらかし」に充分の信用をおいてはゐないのがわかる。つまりこれらの記録の背後には、「開國」して國威を伸張せんとする意見と、さうでない方法で國威を伸張せんとする意見の相違が微妙に潛
前へ
次へ
全311ページ中169ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
徳永 直 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング