本文字片假名の「流し込み活字」の重要さと歴史性がわかるやうである。
長崎奉行所の印刷所は日本の近代印刷術の歴史に魁けたもので、「プレス印刷」はこのときからわづかながら傳統をつくつたのであるが、何故幕府は「日本製洋書」をつくつてでも、一刻も早くヨーロツパ文明をわがものとし、文武いづれの面にも備へなければならなかつたらうか。それは云ふまでもなく「嘉永の黒船」から「安政の開港」へとつづく、まことに急迫した時の政治事情がそれであつた。
三
「――異船々中の形勢、人氣の樣子、非常の態を備へ、應接の將官は勿論、一座居合せの異人共殺氣面に顯はれ、心中是非本願の趣意貫きたき心底と察したり。旁々浦賀の御武備も御手薄につき、彼の武威に壓せられて國書御受取あらば、御國辱とも相成るべく、依つてなるべく平穩の御取計あるより他なし――」。嘉永六年六月三日(西暦では一八五三年七月八日)、アメリカ軍艦四隻について浦賀奉行戸田伊豆守が、閣老阿部伊勢守へ報告した一節であるが、このへん繰り返し讀むと、當時幕閣の複雜な對外事情がわかるやうで、なかなか苦心の文章である。
アメリカの蒸汽軍艦が、わが江戸灣に出
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