を流しこんで、今日の活字字母の啓示を得たといふやうな、封建三百年の跛行的な日本文化の運命を、それこそ自分の背中にのせてウンシヨ、ウンシヨと搬んだやうな、じつに數多くのすぐれた人々の苦心が、文明開化の明治時代に生れあはせた私には、身に沁みてはわからぬからであつたらう。
帝國圖書館の特別閲覽室は、夏はまだよかつたが、冬はスチームがとほらぬので寒かつた。圖書館にゆくときはなるべく早く家を出て、閲覽室の陽當りのよい窓ぎはに椅子をとらうと心掛けても、いつも常連に先を越されてしまふ。却つて陽ざしが辷つてしまつた正午頃になつておちついてくるが、そんなときふツと眼をあげて窓外をみると妙な氣分になることがある。風に搖いでゐる裸樹の梢を越えて、鈍い灰色の雲の中から飛行機の爆音が間斷なく降つてゐた。讀んでゐる書物の時代や空氣から一種の錯覺をおこして、いま自分たちが支那事變や世界大戰の裡にあることを忘れてゐることがある。そして室の中に眼を戻すと、机の上に背中をまるくした人々が咳一つしないで、昨日も今日も同じ後ろ姿をみせてゐるのが、何か不審に思へるやうなことがあつた。
またこの圖書館の食堂は、私の知るかぎり
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