すと、他が高らかに和して、鬱勃《うつぼつ》たる力を見せる革命歌が、大きな波動を描いて凍《い》でついた朝の空気を裂きつつ、高く弾《は》ねつつ、拡がって行った。
 ……民衆の旗、赤旗は……
 一人の男は、跳び上るような姿勢で、手を振っている……と、お初は、思わず声をあげた。
「アッ、利助が、あんた利助が?」
 お初は、利平の腕をグイグイ引ッ張った。
「ナニ利助?」
 まったく! 目を瞠《みは》るまでもなく、つい眼前《がんぜん》に、高らかに、咽喉《のど》ふくらまして唄っている裸形《らぎょう》のうちに、彼が最愛の息子利助がいたのだ!
 利平は、呆然《ぼうぜん》としてしまった。
 そんな筈はない……確かに会社の中へ、トラックで送り込んだ筈の利助だったのが……しかし、まごうべくなく利助は、素ッ裸で革命歌を歌っているのだ。
「皆さん、着物を着て下さい。御飯《ごはん》も出来ましたよ」
 女工の一人が大声で云っている。女達がてんでに、お櫃《ひつ》を抱えて運ぶ。焼かれた秋刀魚《さんま》が、お皿の上で反《そ》り返っている。
「これはどうしたことだ?」
 利平は、半《なか》ば泣き出したい気持になった。「利助、利助」女房は、塀越しに呼びかけようとした。
「馬、馬鹿ッ、黙れ」
 利平は、女房の口に手を当てて、黙らせた。
「さぁ、引ッ込め、障子を閉めろ」
 利平は、障子に手を掛《か》けたとき、ひょいとモ一度、利助の方を見た。
 そのとき、知っていたのかどうか、利助は着物を着ながら、此方《こっち》を振り向いた。そしてじっと、利平の顔を見た……と思った、その眼、その眼……。
 利平は、あわてて障子を閉め切った。
「あの眼だ、あの眼だ、川村もあの眼だ!」
 利平は、おしつぶされるように、寝床に坐《すわ》ってしまった。
「あんた、利助はどうして会社から脱け出したんだろう……え、あんた」
 利平は、頭をかかえて黙っていた。
 争議以前から、組合の用事だと云えば、何かにつけて飛んで行った利助である。利平の云うままになって、会社へ送り込まれるということからして、今から考えれば、少し変には変だったのだ。
「コレじゃ、まるで、親も子も、義理も人情もあったもんじゃない」
 利平は、咽喉《のど》がつまりそうであった。それに熱でも出て来た故《せい》か、ゾッと寒気《さむけ》が背筋を走った。
 彼は夜具を、スッポリ頭から冠
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