をあと戻りして逃げてしまう。
 こんなとき、私が、
「ああおれはこんにゃく[#「こんにゃく」に傍点]屋だよ。それがどうしたんだい」
 と言えればよかった。そしたら意地悪共も黙ってしまったにちがいない。ところが不可《いけ》ないことには私にその勇気がなかったので、もう二つの桶をあっちの石垣やこっちの塀かどにぶっつけながら逃げるので、うしろからは益々手をたたいてわらう声がきこえてくる……。
 そんな風だから、学校へいってもひとりでこっそりと運動場の隅っこで遊んでいたし、友達もすくなかった。学問は好きだったから出来る方の組で、副級長などもやったことがあるが、何しろ欠席が多かったから、十分には勤まらない。先生はどの先生も私を可愛がってくれたし、欠席がつづくと私の家へ訪ねてきてくれたりした。しかし私には同級生の意地悪共が怖い。意地悪ではない同級生たちさえ意地悪に見えてきて、学問と先生を除けば、みんな怖かった。
 ところが、あるときこんなことがあった。
 もうすぐ夏になる頃の、天気のいい日曜日だった。私は朝からこんにゃく[#「こんにゃく」に傍点]桶をかついで、いつものように屋敷の多い住宅地を売ってあ
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