、土方さんの演出の基本態度となるのだそうで、この新しい解釈による演出方針には、私なども大きな期待をかけております。
 イプセンは、御承知のとおり、ノルウエ南部にあるシーンという小都会で二十歳までの年月を過しました。だから、彼の描く劇的事件の大部分は、この狭くるしい、原始的な社会の人びとの間で発生しております。たとえば「ノラ」なども、デンマークの法廷で起った一事件に着想したと言われておりますが、作に現われるロカリティには何となくシーンの匂いがいたします。ただこの小さな町で湧き起った問題を、ずっと高い地位にまで引き上げたのは、実に彼の天才と社会を見る眼の鋭さにもとづくものであり、一方また彼のコスモポリタンとしての生涯が、それぞれの社会問題を狭い範囲に押し込めないですむような視野のひろさをもたらしたことにもよるのでありましょう。
 一体、イプセンは大器晩成型の作家でありまして、たとえばゲーテは、もし三十で死んだとしても「ゲッツ」と「ウェルテルの悲しみ」を残して行ったわけで、しかも、この二つの作品は、同時代人を動かした傑作なのでありますが、イプセンは、もし三十で死んだとしたら、文学史上に不朽の
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