も社会の注目の的となった時事問題に肉迫していったかと申しますと、彼は非常な新聞愛読者だったそうであります。当時は、電報だの電話だの輪転機などという文明の利器がはじめて応用されて、新聞が非常な活躍を始めた時代でありますが、当時のモダンな人々について申しますと、彼らがどれほどの新聞読破力をもつかということが、その人の人間学、世間学の深さをはかる標準となっていたのだそうで、その標準の正しさを裏書きしているのが、実にイプセンであります。彼のミュンヒェン時代を知っている古老の話によりますと、その町のカフェ・マクシミリアンという喫茶店の窓の上に新聞をうず高く積み上げて、そのなかに埋っているようなイプセンの姿をよく見かけたということであります。後年クリスチャニヤに帰ってからも、イプセン老人は、頑強に面会謝絶を押し通したそうですが、しかし、毎日正午になると、悠然としてウェストミンスタア・ホテルに現われて、一杯のビールを命じ、外国新聞を取り寄せて、二時間というもの欠かさず読みふけった、さらに六時になると、もう一度、イプセンはそこへ現われて、ピョルテルというウィスキーの一種を命じ、今度は自国の新聞に読みふ
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