き》自分が明瞭《はっきり》と見極めた事実すら、何だか曖昧《あいまい》なものに成った様な気もしだした。
「いやそう云う訳ではないんですが……」
 言葉に窮した。初めから全然取消して了いたくなった。自分で自分の心を脅かして恐怖心を募らせ出した。併し女は依然として興奮して居った。
「貴下《あなた》は一体どなたです。無垢《むく》な人間を捉えて、勝手に人を傷《きずつ》ける様な権利でもお持ちなんですか」
 軽蔑した様な光が眼にあった。空間を通して圧迫して来る力を感じた。夫れが彼に反抗心を強《し》いて居るのであった。
「私は探偵です」捨鉢に成った彼は又しても軽卒にこんな事を云って了った。これも又直ちに後悔しなければならなかった。
「探偵と云っても私立探偵社の者です」
 女は少しも驚いた様な顔を見せなかったが、心の裡《うち》には不安と夫れを打消す心とが相次で起ったろうと想像された。
「あの店から頼まれたとでも云うんですか。よござんす。一緒に参りましょう」
 興奮し切った女は後へ戻ろうとした、これにも少からず彼は狼狽させられた。
「否《いや》ッ、決して頼まれたと云う訳じゃないんです。一寸お待ち下さい」

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