間しいと思う気持に成った。彼女が再び出て来た時、持って居た買物は風呂敷に包まれて居た。

 店を出て四つ角を一つ通り越すと、大きな銀行の建物があった。周囲は広い余地を残し、鈴懸《すずかけ》の木立から思い出した様に枯葉が零《こぼ》れて居た。垣根と云うのは石の柱と、其を結び付けて垂れ下った鉄鎖がある丈けで、人の出入も自由であった。彼女が其処へ差蒐《さしかか》った時、彼は直ぐ其後へ追付いて居た。此儘《このまま》黙って過ぎれば只路傍の人として終って了うのである。併も彼は大なる秘密を握って居る。何とか利用しないでは置けないと云う気に成って了った。彼は一ト足|歩度《あゆみ》を伸ばすなり、妙に好奇心の加わった空元気を出して呼びかけた。
「一寸《ちょっと》お尋ね致しますが」と云った其瞬間、彼は其後をどう云う可《べ》きかに付いて余り不用意である事に気が付いた。後悔の雲がぱっと頭に拡がった。聞えなければ可《い》いがと云う願望も同時に起った。併し其等は一切無益であった。彼女は歩度を緩めて彼を振向いた。足を停《と》めた。最早取返しは付かなくなった。狼狽《ろうばい》の余り却《かえっ》て誤間化《ごまか》す事が出来
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