遣った行為に気付かずに居て呉れと心に念ずる丈けであった。
「見よ、あの通り彼女の顔は晴やかに輝いて居るではないか。あの通り美しく無邪気で天使の様に尊いではないか」彼は心の中で呟《つぶや》いた。
事実、彼女は何のこだわりも無く、自然過ぎる様な楽しい態度を示して其処の卓を離れた。彼は次に起る事が何であるかを想像する力を失って、手品を見せられて居る人の様な眼を以《もっ》て彼女に近付いた。と、彼女の持って居る反物の包紙は、封緘紙《ふうかんし》が外れて居る事に気が付いた。恐らく未《ま》だ糊《のり》が生々しい時に外したのであろう。而して今引抜いた半襟が今に此中に巧みに入れられるであろう。彼は夫れに気が付いた時、一種の興味さえ起って来るのであった。寧《むし》ろ彼女の成功を讃美したい様な気持にさえ成って来た。彼女は、婦人用便所と札を掲げた方へ悠々と這入って行った。
彼は嘗《かつ》て新聞で見た事があった。夫れは、こうした大きなデパアトメントストーアーで、頻々《ひんぴん》と起る万引の中で、婦人は大抵反物類を窃取するが、之れを持ち出す前には便所に行って始末すると云うのであった。これを思い出すと又しても浅
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