、此女に少しも注意を払って居ないらしく、夫々《それぞれ》自分等の行く可き方向へ足を急がせた。併《しか》し電車や自動車などは彼女の為めに道を開いて居る様で、彼女は自由に何の滞《こだわ》りもなく道を横切って其等を切り抜けた。後に続く彼は又、忌々《いまいま》しい程交通機関や通行人に妨げられた。彼女を見失うまいと焦り乍《なが》ら、
「ええッ畜生ッ。犬迄が人の邪魔をしやがる」
と、彼は口の内でこんな事を云って、水溜《みずたま》りを飛越えたりして居った。それでも之《こ》れは愉快な遊戯には相違なかった。
彼等の前に大きなデパートメントストーアーが見出された。屋上の塔では旗が客を招いて居った。層楼の窓は無数の微笑を行人に送った。彼女は役人が登庁する時の様に、何の躊躇《ちゅうちょ》もなく其店へ姿を消して了った。栗屋に執って之れは好都合であった。此店には暇過ぎる彼を終日飽かせない程の品物を並べてあった。此中へ彼女が這入《はい》ってさえ居れば、幾度でも彼女と邂逅《かいこう》する事も出来るのであった。彼は落着いて店の中を歩いた。卓《テーブル》の上には積木細工の様に煙草を盛上げたり、食料品の缶詰が金字塔《ピ
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