幾月にも斯様《こん》なお手柔《てやわらか》なこきつかわれ方に遭遇《でくわ》さないので、却《かえっ》て拍子抜がして、変てこだが遉《さすが》に嬉しさは顔や科《こなし》に隠されぬ。殊に山田のハシャギ方は随分目につくので、何かなければ良いがと思わせる。
 午前十一時頃、見張の者から巡察官の一行が二里程先の「五本松」の出端に見えたとの報せは、殆んど万歳を喚起《よびおこ》す程の感激を生じた。
「エ、オイ、あと一時間だ。タッタ一時間だ」
 中には髯だらけの顔の中に光ってる双の眼《まなこ》に涙をたたえ、夫れが葉末の露と髯に伝わる、という光景もある。
 緊張の一時間、希望の六十分は直《すぐ》経過して、約四、五十人の出迎人に護衛された、官憲一行の馬車が到着した。
 脚本「検察官」の幕切は、国王の権威を代表した官憲一行の到着を知らせる大礼服の士官が現われる所だったと記憶する。今は二十世紀、茲《ここ》は日本国だけに厳《いか》めしい金ピカで無いから、何れも黒のモーニングに中折帽で、扮装《いでたち》丈では長官も属官も区別はつかぬ。山の主任連はフロックに絹帽子《シルクハット》乃至《ないし》山高で、親方連も着つけない
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