た。
焼け膨れて、黒く成って、相好は変って居るが、十目の視る所、お時に相違は無かった。然し其屍体の[#「其屍体の」に傍点]頸《くび》には手拭がキリリと巻き付いて[#「には手拭がキリリと巻き付いて」に傍点]、強く強く[#「強く強く」に傍点]、膨れた頸に喰い込んで居る[#「膨れた頸に喰い込んで居る」に傍点]、掘り出した者が、アッと、思わず抛《ほう》り出したも無理はない。
事件は急に重大に成って、署や検事局へ電話、急使が飛ぶ。
亭主の勝次郎は、早速拘引される。後の、近所の噂は尾鰭《おひれ》が付いて、テンヤワンヤだ。足袋屋の主人《あるじ》は、其長屋の家主なので、一応調べの上、留め置かれた。辰公の参考人として取調べられたのは申す迄《まで》も無い。
(四)
大家さんの足袋屋の主人の陳述《もうしたて》は次の如うだ。
火元の勝次郎夫婦は、十月程前に、芝の方から越して来た。勝次郎は、料理屋の板前で、以前《もと》、新橋のK……で叩き上げた技倆《うで》だと、自慢してる丈の事は有って、年は二十八だが、相応に庖丁も効き、つい此間迄は、浅草の、好く流行る二流所の割烹《りょうりや》の板前だった。只、一体が穏当《おだやか》でない性質《たち》の処へ、料理人に殆《ほと》んど共通な、慢心ッ気が手伝って到る所で衝突しては飛出す、一つ所に落着けず、所々方々を渉《わた》り歩いたものだ。現に、浅草の方も、下廻りや女中に、小ッ非道く当る上に、其所の十二三になる娘分の児を蹴ッ飛ばしたとかで、主人がカンカンに怒ると、反対《あべこべ》に、出刃を振廻したとか、振廻さぬとかで、結局|失業《くび》になって此方、ブラブラして居る。酒もタチが善くない方で、道楽も可成りだそうな。細君は二つ下の二十六で大柄な女で、縹緻《きりょう》は中位だが、よく働く質《たち》だ。お針も出来るし、繰廻しもよくやって居た。三年越し同棲《いっしょ》に成って来たと云うが、苦味走った男振りも、変な話だが、邪慳《じゃけん》にされる所へ、細君の方が打ち込んで、随分乱暴で、他所目《よそめ》にも非道いと思う事を為るが、何様《どう》にか治まって来た。只、勝次郎が、可成盛に漁色《のたく》るので、之が原因《もと》で始終中《しょっちゅう》争論《いさかい》の絶え間が無い。時々ヒステリーを起して、近所の迷惑にもなる。
「何しろ十月許りで、もう店賃《たなちん》は三つも溜めちまう。震災後、無理算段で建てた長屋は焼かれる、類焼者には、敷金を一時に返さにゃならず。夫に火災保険が、先々月で切れて居たのです」
と足袋屋の主人、ベソをかいて零した。
壁一重隣りに住んで居た、類焼者《やけだされ》の、電気局の勤め人の云うには、
「細君は悪い人じゃないが、挨拶の余り好く無い人で、虚栄坊《みえぼう》の方だ。夫婦喧嘩は、始終の事で珍しくも無いが、殊更《とりわけ》此頃亭主が清元の稽古に往く師匠の延津《のぶつ》○とかいう女《ひと》と可笑《おかし》いとかで盛に嫉妬《やきもち》を焼いては、揚句がヒステリーの発作で、痙攣《ひきつ》ける。斯様《こう》なると、男でも独りでは、方返しがつかないので、此方へお手伝御用を仰《おお》せ付かる。
火の出る二三十分前にも、亦《また》烈《はげ》しく始まったが、妙にパッタリ鎮まったとは思って居ました。
夫に、又聴きだから、詳しくは知らないが、慥《たし》か去年の暮、お時さんに生命保険をつけた[#「お時さんに生命保険をつけた」に傍点]ッて事です」
署長の睨んだのが、亭主の勝次郎だことは、明かである。従って其調べが、寸分の弛《ゆるみ》もなく、厳重に行われたことは勿論だ。
勝次郎は、中肉、寧ろノッポの方で、眼付きは剛《きつ》いが、鼻の高い、浅黒い貌《かお》の、女好きのする顔だった。
声は少し錆《さび》のある高調子で、訛《なまり》のない東京弁だった。かなり、辛辣《しんらつ》な取調べに対して、色は蒼白《あおざ》めながらも、割合に冷静に、平気らしく答弁するのが、復《また》、署長を苛立《いらだ》たせた。
「此奴中々図々しいぞ、何か前科があり相だ。早速取調べさせよう」
と署長は考えた。
然《しか》し本人の答弁は、キッパリして居た。
「お時をドウするなんて事は、断じて有りませんし、そんな事は考えた事も有りません。
夫れァ、喧嘩も仕ました、常平生《つねへいぜい》、余り従順《おとな》しく無い奴で、チットは厭気のささないことも無かったんです。何しろ、嫉妬焼きで、清元の師匠と、変だなんて言いがかりを為るのが余り拗《くど》いので、今夜も殴《は》り倒して遣りました。一体、今夜は、大師匠(延津○の師匠|喜知太夫《きちだゆう》)が、ラジオで、『三千歳《みちとせ》』を放送すると云うんだし、丁度今、夫れを習って居るんだから、聞き外《はず》
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