くて、聞くのに草臥《くたび》れる。其処へ行くと、「ニュース」は素敵だ。何しろ新材料《はやみみ》と云う所《とこ》で、近所の年寄や仲間に話して聞かせると辰公は物識《ものし》りだと尊《た》てられる。迚も重宝《ちょうほう》な物だが、生憎《あいにく》、今夜は余り材料《たね》が無い。矢ッ張り寒い所為で、世間一統、亀手《かじか》んで居るんだナと思う。今夜は後席に、重友《しげとも》の神崎與五郎《かんざきよごろう》の一席、之で埋合せがつくから好い……
 と、ヒョイッと見ると向側の足袋屋《たびや》の露地の奥から、変なものが、ムクムクと昂《あが》る。アッ、烟《けむ》だ。火事だッと感じたから「火事らしいぞッ」と、後に声を残して、一足飛に往来を突切り、足袋屋の露地へ飛込んだ。烟い烟い。
 右側の長屋の三軒目、出窓の格子から、ドス黒い烟が猛烈に吹き出してる。家の内から、何か咆《うな》る如《よう》な声がした。
 火事だアッと怒鳴るか、怒鳴らぬに、蜂の巣を突ついた様な騒ぎで、近所合壁は一瞬時に、修羅の巷《ちまた》と化して了《しま》った。
 悲鳴、叱呼《しっこ》、絶叫、怒罵と、衝突、破砕《はさい》、弾ける響、災の吼《うな》る音。有《あら》ゆる騒音の佃煮《つくだに》。
 所謂《いわゆる》バラック建ての仮普請《かりぶしん》が、如何《いか》に火の廻りが早いものか、一寸《ちょっと》想像がつかぬ。統計によると、一戸平均一分間位だ相な。元来《もともと》、木ッ端細工で、好個《いい》焚付けになる上に、屋根が生子板で、火が上へ抜けぬので、横へ横へと匍うからだろう。
 小火《ぼや》で済めば、発見者として、辰公の鼻も高かったのに、生憎、統々本物になった許《ばか》りに、彼にとっても、迷惑な事になって了った。

     (三)

 三軒長屋を四棟焼いて、鎮火は仕たが、椿事《ちんじ》突発で、騒は深刻になって来た。
 辰公の見たのが、右側の三軒目で、其処には勝次郎《かつじろう》と云う料理職人の夫婦が、小一年棲んで居る。火が出ると、間も無く近所に居たと云う、亭主の勝次郎は、駆けつけて来たが、細君《かみさん》のお時の姿が見えない。ことに依ると焼け死にはせぬかと、警察署の命令で、未だ鎮火《しめ》りも切らぬ灰燼《はい》を掻《か》いて行くと、恰度、六畳の居間と勝手の境目に当る所に、俯向《うつむ》けに成った、女の身体が半焦げに焼けて出て来
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