って迎えに来てくれたというだけの縁故で、方々を引張りまわしたり、満鉄の叔父さんとやらの話をしたりして、僕の大事な時間をこんなに浪費して、それで一向に恥じないところは、まア相当な利己主義者だと申上げる外はないね。僕は、これで失敬する。』
 私は席を蹴って立ち上がった。
 実際、私は用事が多いからだだった。下宿へ戻る前に、その辺で空腹も満さねばならぬし、明日はグリニッチヴィレーヂへフロイド・デルを訪問せねばならぬし、どこかのタイプライタア屋へ機械の賃借りの申込みもせねばならぬし、第一に、ニュー・ヨークとはどんなところかも知っておかねばならぬ。それで、その夜はエリック方に寝て、翌日からの活動になった。
 ニュー・ヨークという都市は、グリニッチヴィレーヂから眺めるにはちょうどいいところだった。ヴィレーヂの家という家は、いずれも古めかしく、三階立が主で、定まって赤煉瓦の煤けたもので、庭というものがなく、表には鉄柵の手摺りが出ていて、何のことはない、シカゴの栗の果横丁をちょっと伊達にしたような造りだった。ここから見ると、第五街は素晴らしくきれいに見えたし、ブロードウェイは宮殿のようだった。つまり、
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