れてはたまらない。木元は、まだ、そのつづきがあるぞとばかり、満洲の話をする。
『――それで叔父きの奴は、貴様はとても内地や支那にはむかない、よし、俺が手続をしてやるからアメリカへ行けと云うんだ。はじめは、南米と云ったな。でも、南米じゃあまりひどかろうと云うのでね、とうとう北米合衆国へやって御出なすったのサ。』
『木元君の云うことは、法螺が九〇パーセントとしても、現に実物の君がここにいるんだからな。』
『僕は宿を探さねばならんでな、木元。どこか、この辺に君の心あたりの家があるかね?』
 私は、むきになって木元を小突いた。
『おっ、宿、宿。すっかり三沢君と話しこんで、忘れるところだった。ともかく、一応出よう。』
 木元は、すっかり正気にかえって、ウィスキーの空き罎を紙屑籠の中へ投りこむと、立ちあがった。
『この辺はべたに借間があるんで、心配はいらんさ。こーッと、五十七丁目だから、次の通りへ出てみるかね。』
 大股に歩いて行く彼には、もはや三沢のところでとぐろを巻いた姿はなかった。十月末というのに、外套なしの姿は、いくらか淋しかったが、あれだけ飲んだウィスキーの気配もなく、しゃっきりしたもの
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