『君は数学の先生だって?』
私は、ちょっと口をあてる真似をして、罎をかえしながら、皮肉のつもりでこう云つた。
『うむ、札幌でよ。餓鬼どもをあいてに、サイン、コサインだなんて、馬鹿々々しくてね、それでも二年ほどやっていたかな、しまいに面倒くさくなって、満洲からアメリカへやって来たのさ。』
そのあいだ、彼は大口をあいて、煙草色の液体をゴボゴボとからだの中へ注ぎ入れた。
三沢は、糠パンを歯で食いちぎりながら、恐ろしそうにウィスキーの行方を見まもっていた。
『幾何代数の先生にしちゃア、なかなか活溌だね、木元君は。』
『活溌、すなわち乱暴か。そうさ。俺の叔父が満鉄の理事をやっているんで、学校をやめてから使ってくれっと云って、満洲まで行ったんだが、本社へ出勤して三日とたたぬのに、課長の何とかいう奴に、鉄拳を喰らわせて飛び出した俺だからな。』
木元は、しきりにウィスキー臭い息を吐き散らした。一コワーツの罎が、あらかたなくなっていた。ニュー・ヨークというところは、私にとっては、全く意外な都会である。面白い。が、すこし迷惑でもある。こうやって、いつまでも、のんべんだらりと、酔払いのあいてをさせら
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