って迎えに来てくれたというだけの縁故で、方々を引張りまわしたり、満鉄の叔父さんとやらの話をしたりして、僕の大事な時間をこんなに浪費して、それで一向に恥じないところは、まア相当な利己主義者だと申上げる外はないね。僕は、これで失敬する。』
私は席を蹴って立ち上がった。
実際、私は用事が多いからだだった。下宿へ戻る前に、その辺で空腹も満さねばならぬし、明日はグリニッチヴィレーヂへフロイド・デルを訪問せねばならぬし、どこかのタイプライタア屋へ機械の賃借りの申込みもせねばならぬし、第一に、ニュー・ヨークとはどんなところかも知っておかねばならぬ。それで、その夜はエリック方に寝て、翌日からの活動になった。
ニュー・ヨークという都市は、グリニッチヴィレーヂから眺めるにはちょうどいいところだった。ヴィレーヂの家という家は、いずれも古めかしく、三階立が主で、定まって赤煉瓦の煤けたもので、庭というものがなく、表には鉄柵の手摺りが出ていて、何のことはない、シカゴの栗の果横丁をちょっと伊達にしたような造りだった。ここから見ると、第五街は素晴らしくきれいに見えたし、ブロードウェイは宮殿のようだった。つまり、ほかの街を羨やむためのヴィレーヂだった。フロイドも、御多聞に洩れず、そのまん中へんのマグドウガル・ストリートの二十七番地の、第一階に住んでいた。ノックして、はいると、細長い部屋に、細長いテーブルがあって、その上には手擦れのしたタイプライタアがのっていて、主人公は、その奥からむっとするほど部屋に溜った、ファテマの煙を呑吐しておった。
『Hallo Mr. Dell, I am glad to see you again. I just came to New York yesterday.』
『Oh Maidako, so you are here at last. Come in and sit down.』
二人は握手して、互いに微笑み交わした。
瘠せ型のフロイドは、一層と瘠せ細ってみえた。
『Well, how is everything? Are you working hard?』
『Oh, just so and so.――How about you?』
『I am to see the city first, and then I will drop in the ed
前へ
次へ
全7ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
前田河 広一郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング