った。それは、かたく握りしめて拳になっていることもあったがたいがいは大きく開いてあった。たとえば、シガレットを吸うときの如きは、五本の指を開いて、そのあいだに煙草を挟むという調子だったから、シガレットではなくて、自分の掌を吸っているように見えた。
『ここは、君の宿か?』
『ふむ、鶴は千年亀は万年の僕の宿さ。はははは――君は、何がいい、日本酒か、それともウイスケか?』
 そうやって、例の掌を大きくふりながら、酒の燗瓶を三四本ならべたあいだから、異容な顔を突出して、誰憚らず大声で身の上話をするところは、スティヴンスンの『宝島』に出て来る海賊そっくりだった。
 今まで、どんな男であるかも知らない当人が、膝つき合わして、こう親しげに語るというのもふしぎだし、その話の内容というのも、ちょっと私などの水平線をかけはなれているのも妙だった。無人島で宝のありかをでも聞いている気持だった。ニュー・ヨークとは、ずいぶんへんなところだ。
『俺はな、こう見えても、こんなメリケンなどには向かない男なんだよ。叔父の一人は満鉄にいるし、もう一人の叔父は東京の帝国物産の社長をやってる。それに、親父が、親父の話となると親父はいないんでな、今は靖国に祭られてある。日露戦争でぶったおれた、陸軍中佐だったんだからな。それで、俺の狙っているのは、南洋方面の支店長どころサ。メリケンは向かん。だから、今ギッブスっていう奴と一談判してるとこなんだよ。アール・ティ・ギッブスと云ってね、英国人で、貿易商をやっている男で、ウオール街に事務所を持っている。この男なら、ちょっと話せる奴だ。鎌倉に別荘を持っていたりして、日本詰のときは、まあ相当にやっていた奴さ。君のはいって来る場所は、そこなんだ。つまり、足下に一役買って貰いたいんだ。ギッブスに、シャムの支店長か何かの口がありそうなんだ。一つ是非そこのところを交渉して貰いたいのサ。』
『はハア、するとなんだね、僕という男を、君がやとおうとすることを、君は僕と相談なしに定めているということなんだね?』
『ふむ、まあ、そういうことになるかな。』
『だとすると、その話はおことわりだ。』
『辰野とも話したんだが、君は恐らく最適任者だ、英語が達者だからね。』
『辰野は何と云ったか知らないが――第一、君は、失敬だよ。いいかね、今まで、殆ど面識もない間柄でさ、たまたまステーションへ辰野に代
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