オ、湧き上り、
おもむろに、肩をばいからせ、おそろしや、
彼等の穿けるズボンさへ、むツく/\とふくれます。

さて彼等、禿げた頭を壁に向け、
打衝《ぶちあ》てるのが聞こえます、枉がつた足をふんばつて
彼等の服の釦《(ボタン)》こそ、鹿ノ子の色の瞳にて
それは廊下のどんづまり、みたいな眼付で睨めます。

彼等にはまた人殺す、見えないお手《てて》がありまして、
引つ込めがてには彼等の眼《め》、打たれた犬のいたいたし
眼付を想はすどす黒い、悪意を滲《にじ》み出させます。
諸君はゾツとするでせう、恐ろし漏斗に吸込まれたかと。

再び坐れば、汚ないカフスに半ば隠れた拳固《げんこ》して、
起《た》たさうとした人のこと、とつくり思ひめぐらします。
と、貧しげな顎の下、夕映《ゆふばえ》や、扁桃腺の色をして、
ぐるりぐるりと、ハチきれさうにうごきます。

やがてして、ひどい睡気が、彼等をこつくりさせる時、
腕敷いて、彼等は夢みる、結構な椅子のこと。
ほんに可愛いい愛情もつて、お役所の立派な室《へや》に、
ずらり並んだ房の下がつた椅子のこと。

インキの泡がはねツかす、句点《コンマ》の形の花粉等は、
水仙菖の線真似る、蜻蛉《とんぼ》の飛行の如くにも
彼等のお臍のまはりにて、彼等をあやし眠らする。
――さて彼等、腕をもじ/\させまする。髭がチクチクするのです。
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 夕べの辞


私は坐りつきりだつた、理髪師の手をせる天使そのままに、
丸溝のくつきり付いたビールのコップを手に持ちて、
下腹突き出し頸反らし陶土のパイプを口にして、
まるで平《たひら》とさへみえる、荒模様なる空の下。

古き鳩舎に煮えかへる鳥糞《うんこ》の如く、
数々の夢は私の胸に燃え、徐かに焦げて。
やがて私のやさしい心は、沈欝にして生々《なま/\》し
溶《とろ》けた金のまみれつく液汁木質さながらだつた。

さて、夢を、細心もつて嚥《(の)》み下し、
身を転じ、――ビール三四十杯を飲んだので
尿意遂げんとこゝろをあつめる。

しとやかに、排香草《ヒソフ》や杉にかこまれし天主の如く、
いよ高くいよ遐《(とほ)》く、褐色の空には向けて放尿す、
――大いなる、ヘリオトロープにうべなはれ。
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 教会に来る貧乏人


臭い息《いき》にてむツとする教会の隅ツこの、
樫材《かし》の床几《(しやうぎ)》にちよこなんと、眼《め》は一斉に
てんでに丸い脣《くち》してる唱歌隊へと注がれて。さて
二十人なる唱歌隊、大声で、敬虔な讃美歌を怒鳴《どな》ります。

蝋の臭気《にほひ》を吸ひ込める麺麭の匂ひの如くにも、
なんとはや、打たれた犬と気の弱い貧乏人等が、
旦那たり我君様たる神様に、
可笑しげな、なんとも頑固な祈祷《おいのり》を捧げるのではございます。

女連《をんなれん》、滑らかな床几に坐つてまあよいことだ、
神様が、苦しめ給ふた暗い六日《むいか》のそのあとで!
彼女等あやしてをりまする、めうな綿入《わたいれ》にくるまれて
死なんばかりに泣き叫ぶ、まだいたいけな子供をば。

胸のあたりを汚してる、肉汁食《スープぐら》ひの彼女等は、
祈りするよな眼付して、祈りなんざあしませんで、
お転婆娘の一団が、いぢくりまはした帽子をかぶり、
これみよがしに振舞ふを、ジツとみつめてをりまする。

戸外には、寒気と飢餓と、而も男はぐでんぐでん。
それもよい、しかし後刻《あと》では名もない病気!
――それなのにそのまはりでは、干柿色の婆々連《ばばあれん》、
或ひは呟き、鼻声を出し、或ひはこそこそ話します。

其処にはびツくりした奴もゐる、昨日巷で人々が
避《よ》けて通つた癲癇病者《てんかん》もゐる、
古いお弥撒《みさ》の祈祷集《おいのりぼん》に、面《つら》つツ込んでる盲者《めくら》等は
犬に連れられ来たのです。

どれもこれもが間の抜けた物欲しさうな呟きで
無限の嘆きをだらだらとエス様に訴へる
エス様は、焼絵玻璃《やきゑがらす》で黄色くなつて、高い所で夢みてござる、
痩せつぽちなる悪者や、便々腹《べんべんばら》の意地悪者《いぢわる》や

肉の臭気や織物の、黴《か》びた臭《にほ》ひも知らぬげに、
いやな身振で一杯のこの年来の狂言におかまひもなく。
さてお祈りが、美辞や麗句に花咲かせ、
真言秘密の傾向が、まことしやかな調子をとる時、

日影も知らぬ脇間《わきま》では、ごくありふれた絹の襞《(ひだ)》、
峻厳さうなる微笑《ほゝゑみ》の、お屋敷町の奥さん連《れん》、
あの肝臓の病人ばらが、――おゝ神よ!――
黄色い細いその指を、聖水盤にと浸します。
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 七才の詩人


母親は、宿題帖を閉ぢると、
満足して、誇らしげに立去るのであつた、
その碧い眼に、その秀でた額に、息子が
嫌悪の情を浮べ
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