A肖顔《にがほ》や枯れた花々や
それのかをりは果物《くだもの》のかをりによくは混じります。

おゝいと古い食器戸棚よ、おまへは知つてる沢山の話!
おまへはそれを話したい、おまへはそれをささやくか
徐《(しづ)》かにも、その黒い大きい扉が開く時。
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 わが放浪


私は出掛けた、手をポケットに突つ込んで。
半外套は申し分なし。
私は歩いた、夜天の下を、ミューズよ、私は忠僕でした。
さても私の夢みた愛の、なんと壮観だつたこと!

独特の、わがズボンには穴が開《あ》いてた。
小さな夢想家・わたくしは、道中韻をば捻つてた。
わが宿は、大熊星座。大熊星座の星々は、
やさしくささやきささめいてゐた。

そのささやきを路傍《みちばた》に、腰を下ろして聴いてゐた
あゝかの九月の宵々よ、酒かとばかり
額《ひたひ》には、露の滴《しづく》を感じてた。

幻想的な物影の、中で韻をば踏んでゐた、
擦り剥けた、私の靴のゴム紐を、足を胸まで突き上げて、
竪琴《(たてごと)》みたいに弾きながら。
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 蹲踞


やがてして、兄貴カロチュス、胃に不愉快を覚ゆるに、
軒窗に一眼《いちがん》ありて其れよりぞ
磨かれし大鍋ごとき陽の光
偏頭痛さへ惹起《ひきおこ》し、眼《まなこ》どろんとさせるにぞ、
そのでぶでぶのお腹《なか》をば布団の中にと運びます。

ごそごそと、灰色の布団の中で大騒ぎ、
獲物《えもの》啖《(く)》つたる年寄さながら驚いて、
ぼてぼての腹に膝をば当てまする。
なぜかなら、拳《こぶし》を壺の柄と枉《(ま)》げて、
肌着をばたつぷり腰までまくるため!

ところで彼氏|蹲《しやが》みます、寒がつて、足の指をば
ちぢかめて、麺麭《(パン)》の黄を薄い硝子に被《き》せかける
明るい日向にかぢかむで。
扨《(さて)》お人好し氏の鼻こそは仮漆《ラツク》と光り、
肉出来の珊瑚樹かとも、射し入る陽光《ひかり》を厭ひます。

     ★

お人好し氏は漫火《とろび》にあたる。腕拱み合せ、下唇を
だらりと垂らし。彼氏今にも火中に滑り、
ズボンを焦し、パイプは消ゆると感ずなり。
何か小鳥のやうなるものは、少しく動く
そのうららかなお腹《なか》でもつて、ちよいと臓物みたいなふうに!

四辺《あたり》では、使ひ古るした家具等の睡り。
垢じみた襤褸《ぼろ》の中にて、穢《けが》らはし壁の前にて、
腰掛や奇妙な寝椅子等、暗い四隅《よすみ》に
蹲《(うづく)》まる。食器戸棚はあくどい慾に
満ちた睡気をのぞかせる歌手《うたひて》達の口を有《(も)》つ

いやな熱気は手狭《てぜま》な部屋を立ち罩《こ》める。
お人好し氏の頭の中は、襤褸布《ぼろきれ》で一杯で、
硬毛《こはげ》は湿つた皮膚の中にて、突つ張るやうで、
時あつて、猛烈|可笑《(をか)》しい嚏《(くさめ)》も出れば、
がたがたの彼氏の寝椅子はゆれまする……

     ★

その宵、彼氏のお臀《しり》のまはりに、月光が
光で出来た鋳物の接合線《つぎめ》を作る時、よく見れば
入り組んだ影こそ蹲《しやが》んだ彼氏にて、薔薇色の
雪の配景のその前に、たち葵《(あふひ)》かと……
面白や、空の奥まで、面《つら》はヴィーナス追つかける。
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 坐つた奴等


肉瘤《こぶ》で黒くて痘瘡《あばた》あり、緑《あを》い指環を嵌めたよなその眼《まなこ》、
すくむだ指は腰骨のあたりにしよむぼりちぢかむで、
古壁に、漲る瘡蓋《かさぶた》模様のやうに、前頭部には、
ぼんやりとした、気六ヶ敷さを貼り付けて。

恐ろしく夢中な恋のその時に、彼等は可笑しな体躯《からだ》をば、
彼等の椅子の、黒い大きい骨組に接木《つぎき》したのでありました。
枉がつた木杭さながらの彼等の足は、夜《よる》となく
昼となく組み合はされてはをりまする!

これら老爺《ぢぢい》は何時もかも、椅子に腰掛け編物し、
強い日射しがチクチクと皮膚を刺すのを感じます、
そんな時、雪が硝子にしぼむよな、彼等のお眼《めめ》は
蟇《ひきがへる》の、いたはし顫動《ふるへ》にふるひます。

さてその椅子は、彼等に甚だ親切で、褐《かち》に燻《いぶ》され、
詰藁は、彼等のお尻の形《かた》なりになつてゐるのでございます。
甞て照らせし日輪は、甞ての日、その尖に穀粒さやぎし詰藁の
中にくるまり今も猶、燃《とも》つてゐるのでございます。

さて奴等、膝を立て、元気盛んなピアニスト?
十《じふ》の指《および》は椅子の下、ぱたりぱたりと弾《たた》きますれば、
かなし船唄ひたひたと、聞こえ来るよな思ひにて、
さてこそ奴等の頭《おつむり》は、恋々として横に揺れ。

さればこそ、奴等をば、起《た》たさうなぞとは思ひめさるな……
それこそは、横面《よこづら》はられた猫のやう、唸りを発
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