tの滝の方サ、

死んぢまつた小娘みてエに、
   息切らしてヨウ
おめへは云ふだろ、抱いて行つてと
   眼《め》エ細くして。

抱いてゆくともどきどきしてゐるおめへを抱いたら
   小径の中へヨ、
小鳥の奴めアゆつくり構へて、啼きくさるだろヨ
   榛《(はしばみ)》ン中で。

口※[#小書き片仮名ン、176−13]中へヨ俺ァ話を、注ぎ込んでやら、
   おめへのからだを
締めてやらアな子供を寝かせる時みてエにヨウ、
   おめへの血は酔ひ

肌の下をヨ、青ウく流れる
   桃色調でヨ
そこでおめへに俺は云はアな、
   ――おい! とね、――おめへにヤ分らア

森は樹液の匂ひでいつぱい、
   おてんと様ア
金糸でもつてヨ暗《くれ》エ血色の、森の夢なざ
   ぐツと飲まアナ。

日暮になつたら?……俺等《おいら》ア帰《けへ》らア、
   ずうツとつゞいた白い路をヨ、
ブラリブラリと道中《みちみち》草食ふ
   羊みてエに。

青草|生《へ》エてる果物畑は、
   しちくね曲つた林檎の樹が、
遠方《ゑんぱう》からでも匂ふがやうに、
   強エ匂ひをしてらアな!

やんがて俺等は村に著く、
   空が半分|暗《くれ》エ頃、
乳臭エ匂ひがしてゐようわサ
   日暮の空気のそン中で、

臭エ寝藁で一杯《いつぺエ》の、
   牛小屋の匂いもするベエよ、
ゆつくりゆつくり息を吐エてヨ
   大ツきな背中ア

薄明《うすらあかり》で白ウくみえてヨ、
   向ふを見ればヨ
牝牛がおつぴらに糞《くそ》してらアな、
   歩きながらヨ。

祖母《ばば》は眼鏡エかけ
   長《なげ》エ鼻をヨ
弥撒集《いのりぼん》に突ツ込み、鉛の箍《(たが)》の
   ビールの壺はヨ

大きなパイプで威張りくさつて
   突ン出た唇《くち》から煙を吐き吐き、
しよつちう吐エてる奴等の前でヨ、
   泡を吹いてら、

突ン出た唇奴《くちめ》等もつともつとと、
   ハムに食ひ付き、
火は手摺《(てすり)》附の寝台や
   長持なんぞを照らし出してヨ、

丸々太つてピカピカしてゐる
   尻を持つてる腕白小僧は
膝ついて、茶碗の中に突つ込みやがらア
   その生《なま》ツ白《ちれ》エしやツ面《つら》を

その面《つら》を、小《ちひ》せエ声してブツクサ呟く
   も一人の小憎の鼻で撫でられ
その小僧奴の丸《まアる》い面《つら》に
   接唇とくらア、

椅子の端ツこに黒くて赤《あけ》エ
   恐ろし頭した
婆々《ばばあ》はゐてサ、燠《(おき)》の前でヨ
   糸紡ぐ――

なんといろいろ見れるぢやねエかヨ、
   この荒家《あばらや》の中ときた日にヤ、
焚火が明《あか》アく、うすみつともねエ
   窓の硝子を照らす時!

紫丁香花《むらさきはしどい》咲いてる中の
   こざつぱりした住居ぢや住居
中ぢや騒ぎぢや
   愉快な騒ぎ……

来なよ、来なつてば、愛してやらあ、
   わるかあるめエ
来なツたら来なよ、来せエしたらだ……

      彼女曰く――

だつて職業《しごと》はどうなンの?
[#地付き]〔一五、八、一八七〇〕
[#改ページ]

 音楽堂にて


[#地付き]シャルル※[#濁点付き片仮名ヰ、1−7−83]ル・ガアルの広場

貧弱な芝地になつてる広場の上に、
木も花も、何もかもこぢんまりした辻公園に、
暑さにうだつた市民たち、毎木曜日の夕べになると、
恋々と、愚鈍を提げて集つて来る。

軍楽隊は、その中央で、
ファイフのワルツの演奏中、頻りに軍帽《あたま》を振つてゐる。
それを囲繞《とりま》く人群の前の方には気取屋連が得意げで、
公証人氏は安ピカの、頭字《かしらじ》入のメタルに見入つてゐる際中《さなか》。

鼻眼鏡《ロルニヨン》の金利生活先生達は、奏楽の、調子の外《はづ》れを気にします。
無暗に太つた勤人《つとめにん》達等は、太つた細君連れてゐる、
彼女の側《おそば》に行きますは、いと世話好きな先生達、
彼女の著物の裾飾と来ちや、物欲しさうに見えてます。

隠居仕事に、食料を商《や》る連中の何時も集る緑のベンチ、
今日も彼等はステッキで砂を掻き掻き大真面目
何か契約上のこと、論議し合つてゐるのです、
何れお金のことでせう、扨『結局……』と云つてます。

お尻の丸味を床几の上に、どつかと据ゑてるブルジョワは、
はでな釦を附けてゐるビール腹したフラマン人、
オネン・パイプを嗜《たしな》んでゐる、ボロリボロリと煙草はこぼれる、
――ねえ、ホラ、あれは、密輸の煙草!

芝生の縁《ふち》では無頼漢共《わるども》が、さかんに冷嘲してゐます。
トロンボオンの節《ふし》につれ、甘《あま》アくなつた純心の
いとも気随な兵隊達は子守女と口をきかうと
まづその抱ゐてる赤ン
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