太陽、この愛と生命の家郷は、
嬉々たる大地に熱愛を注ぐ。
我等谷間に寝そべつてゐる時に、
大地は血を湧き肉を躍らす、
その大いな胸が人に激昂させられるのは
神が愛によつて、女が肉によつて激昂させられる如くで、
又大量の樹液や光、
凡ゆる胚種を包蔵してゐる。

一切成長、一切増進!

          おゝ美神《※[#濁点付き片仮名ヱ、1−7−84]ニュス》、おゝ女神!
若々しい古代の時を、放逸な半人半山羊神《サチール》たちを。
獣的な|田野の神々《フォーヌ》を私は追惜します、
愛の小枝の樹皮をば齧《(かじ)》り、
金髪ニンフを埃及蓮《はす》の中にて、接唇しました彼等です。
地球の生気や河川の流れ、
樹々の血潮《ちしほ》が仄紅《ほのくれなゐ》に
牧羊神《パン》の血潮と交《まざ》り循《めぐ》つた、かの頃を私は追惜します。
当時大地は牧羊神の、山羊足の下に胸ときめかし、
牧羊神が葦笛とれば、空のもと
愛の頌歌《(しようか)》はほがらかに鳴渡つたものでした、
野に立つて彼は、その笛に答へる天地の
声々をきいてゐました。
黙《もだ》せる樹々も歌ふ小鳥に接唇《くちづけ》し、
大地は人に接唇し、海といふ海
生物といふ生物が神のごと、情けに篤いことでした。
壮観な市々《まちまち》の中を、青銅の車に乗つて
見上げるやうに美しかつたかのシベールが、
走り廻つてゐたといふ時代を私は追惜します。
乳房ゆたかなその胸は※[#「景+頁」、第3水準1−94−5]気《(かうき)》の中に
不死の命の霊液をそゝいでゐました。
『人の子』は吸つたものです、よろこんでその乳房をば、
子供のやうに、膝にあがつて。
だが『人の子』は強かつたので、貞潔で、温和でありました。

なさけないことに、今では彼は云ふのです、俺は何でも知つてると、
そして、眼《め》をつぶり、耳を塞《(ふさ)》いで歩くのです。
それでゐて『人の子』が今では王であり、
『人の子』が今では神なのです! 『愛』こそ神であるものを!
おゝ! 神々と男達との大いなる母、シベールよ!
そなたの乳房をもしも男が、今でも吸ふのであつたなら!
昔|青波《せいは》の限りなき光のさ中に顕れ給ひ
浪かをる御神体、泡降りかゝる
紅《とき》の臍《ほぞ》をば示現し給ひ、
森に鶯、男の心に、愛を歌はせ給ひたる
大いなる黒き瞳も誇りかのかの女神
アスタルテ、今も此の世
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