フしてない大きな戸棚、鍵のしてない黒い戸棚を
子供はたびたび眺めたことです、
鍵がないとはほんとに不思議! そこで子供は夢みるのでした、
戸棚の中の神秘の数々、
聞こえるやうです、鍵穴からは、
遠いい幽《(かす)》かな嬉しい囁き……
――両親の部屋は今日ではひつそり!
ドアの下から光も漏れぬ。
両親はゐぬ、家よ、鍵よ、
接唇《ベーゼ》も言葉も呉れないまゝで、去《い》つてしまつた!
なんとつまらぬ今年の正月!
ジツと案じてゐるうち涙は、
青い大きい目に浮かみます、
彼等呟く、『何時母さんは帰つて来《(くる)》ンだい?』
※[#ローマ数字5、1−13−25]
今、二人は悲しげに、眠つてをります。
それを見たらば、眠りながらも泣いてると諸君は云はれることでせう、
そんなに彼等の目は腫れてその息遣ひは苦しげです。
ほんに子供といふものは感じやすいものなのです!……
だが揺籃を見舞ふ天使は彼等の涙を拭ひに来ます。
そして彼等の苦しい眠に嬉しい夢を授けます。
その夢は面白いので半ば開いた彼等の唇《くち》は
やがて微笑み、何か呟くやうに見えます。
彼等はぽちやぽちやした腕に体重《おもみ》を凭《もた》せ、
やさしい目覚めの身振りして、頭を擡《もた》げる夢をばみます。
そして、ぼんやりした目してあたりをずつと眺めます。
彼等は薔薇の色をした楽園にゐると思ひます……
パツと明るい竃《(かまど)》には薪がかつかと燃えてます、
窓からは、青い空さへ見えてます。
大地は輝き、光は夢中になつてます、
半枯《はんかれ》の野面《のも》は蘇生の嬉しさに、
陽射しに身をばまかせてゐます、
さても彼等のあの家が、今では総体《いつたい》に心地よく、
古い着物ももはやそこらに散らばつてゐず、
北風も扉の隙からもう吹込みはしませんでした。
仙女でも見舞つてくれたことでせう!……
―二人の子供は、夢中になつて、叫んだものです…おや其処に、
母さんの寝床の傍に明るい明るい陽を浴びて、
ほら其処に、毛氈《タピー》の上に、何かキラキラ光つてゐる。
それらみんな大きいメタル、銀や黒のや白いのや、
チラチラ耀《(かがや)》く黒玉や、真珠母や、
小さな黒い額縁や、玻璃《(はり)》の王冠、
みれば金字が彫り付けてある、『我等が母に!』と。
[#地付き]〔千八百六十九年末つ方〕
[#改ページ]
太陽と肉体
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