Aる。
どんよりとした十二月の、日曜日を彼は嫌ひであつた、
そんな日は、髪に油を付けまして、桃花心木《アカジユ》の円卓に着き、
縁がキャベツの色をした、バイブルを、彼は読むのでありました。
数々の夢が毎晩寝室で、彼の呼吸を締めつけた。
彼は神様を好きでなかつた、鹿ノ子の色の黄昏《たそがれ》に場末の町に、
仕事着を着た人々の影、くり出して来るのを彼は見てゐた
扨其処には東西屋がゐて、太鼓を三つ叩いては、
まはりに集る群集を、どつと笑はせ唸らせる。
彼は夢みた、やさしの牧場、其処に耀《かゞよ》ふ大浪は、
清らの香《かをり》は、金毛は、静かにうごくかとみれば
フツ飛んでゆくのでありました。
彼はとりわけ、ほのかに暗いものを愛した、
鎧戸《(よろひど)》閉めて、ガランとした部屋の中、
天井高く、湿気に傷む寒々とした部屋の中にて、
心を凝らし気を凝らし彼が物語《ロマン》を読む時は、
けだるげな石黄色の空や又湿つた森林、
霊妙の林に開く肉の花々、
心に充ちて――眩暈《めくるめき》、転落、潰乱、はた遺恨!――
かゝる間も下の方では、街の躁音《さやぎ》のこやみなく
粗布《あらぬの》重ねその上に独りごろんと寝ころべば
粗布《あらぬの》は、満々たる帆ともおもはれて!……
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盗まれた心
私の悲しい心は船尾に行つて涎《(よだれ)》を垂らす、
私の心は安い煙草にむかついてゐる。
そしてスープの吐瀉《げろ》を出す、
私の悲しい心は船尾に行つて涎を垂らす。
一緒になつてげらげら笑ふ
世間の駄洒落に打ちのめされて、
私の悲しい心は船尾に行つて涎を垂らす、
私の心は安い煙草にむかついてゐる!
諷刺詩流儀の雑兵気質の
奴等の駄洒落が私を汚した!
舵の処《とこ》には壁画が見える
諷刺詩流儀の雑兵気質の。
おゝ、玄妙不可思議の波浪よ、
私の心を浚《(さら)》ひ清めよ、
諷刺詩流儀の雑兵気質の
奴等の駄洒落が私を汚した。
奴等の噛煙草《たばこ》が尽きたとなつたら、
どうすれあいいのだ? 盗まれた心よ。
それこそ妙な具合であらうよ、
奴等の煙草が尽きたとなつたら。
私のお腹《なか》が跳び上るだらう、
それで心は奪回《かへ》せるにしても。
奴等の噛煙草《たばこ》が尽きたとなつたら、
どうすれあいいのだ? 盗まれた心よ。
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ジャンヌ・マリイの手
ジャンヌ・マリイ
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