忘れ、彼、教師の魅力なき学課を忘れ、私ははるかな野面《のづら》を見遣り、春の大地のおもしろき、幻術を観るに余念なかつた。
子供の私は、かの田園の逍遥なぞと、洒落《しやれ》ることこそなかつたけれど
小さな我が心臓は、いと気高《けだか》き渇望に膨らむでゐた
如何なる聖霊が我が昂《たか》ぶれる五感にまで
翼を与へたか私は知らぬが、押黙つた歎賞を以て
我が眼は諸々の光景を打眺め、我が胸の裡《うち》に
やさしき田園への愛惜は忍び入るのであつた。マニ※[#小書き片仮名ヱ、10−4]ジイの磁石が或る見えざる力に因つて、音もなくありともわかぬ鉤《かぎ》もて寄する、かの鉄環の如くであつた。

それにしても私の四肢《てあし》は、我が浮浪の幾|歳月《としつき》に衰へてゐたので、
私は緑色なす川の岸辺に身をば横たへ、
たをやけきそが呟きのまにまにまどろみ、怠惰のかぎりに
鳥らの楽音、風神《ふうしん》の息吹《いぶ》きに揺られてゐた。
さて雌鳩らは谷間の空に飛びかよひ
そが白き群は、シイプルの園に、ヴェニュスが摘みし
薫れりし花の冠を咬《くは》へてゐた。
雌鳩らは、静かに飛んで、我が寝そべつてゐる
芝生の方までや
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