た、その抵抗も物の数かは
河は懲され、エルキュルは、その上に、大木の幹を振り翳《かざ》し、
ひつぱたきひつぱたく、河は瀕死の態《てい》となり砂原の上にのめされた。
扨エルキュルは立直り、※[#始め二重括弧、1−2−54]此の腕前を知らんかい、たはけ奴《め》が!
我猶揺籃にありし頃、二頭の竜《ドラゴン》打つて取つたる
かの時既に鍛へたる此の我が腕を知らんかい!……※[#終わり二重括弧、1−2−55]
河は慚愧に顛動し、覆へされたる栄誉をば、
思へば胸は悲痛に滾《たぎ》ち、跳ねて狂へば
獰猛の眼《まなこ》は炎と燃え熾《さか》り、角は突つ立ち風を切り、
咆《(ほ)》ゆれば天も顫《(ふる)》へたり。
エルキュルこれを見ていたく笑ひて
ひつ捉へ、振り廻し、痙攣《ひきつけ》はじめしその五体
※[#「革+堂」、第3水準1−93−80]《(たう)》とばかりに投げ出だし、膝にて頸をば圧へ付け、
腰に咽喉《のど》をば敷き据ゑて、打ち叩き打ち叩き
力の限りに懲しめば、やがては河も悶絶す。
息を絶えたる怪物に、勇ましきかなエルキュルは、
打|跨《(またが)》つて血濡れたる、額の角を引抜いて、茲に捷利を完うす。
かくてフォーヌやドリアード、ニムフ姉妹の合唱隊《コーラス》は、
減水と富源のために働いた、彼等が勇士の愉しげに
今は木蔭に憩ひつつ、
古き捷利を思ひ合はする勇士に近づき、
かろやかに彼のめぐりをとりかこみ、
花の冠・葉飾りを、それの額に冠《かづ》けたり。
さて皆の者、彼の近くにころがりゐたりし
かの角をばその手にとらせ、血に濡れたその戦利品をば
美味な果実と薫り佳き花々をもて飾つたのだ。
[#地から8字上げ]千八百六十九年九月一日
[#地から2字上げ]シャルルヴィル公立中学通学生
[#地から1字上げ]ランボオ・アルチュル
[#改ページ]
4 ジュギュルタ王
[#ここから6字下げ]
諸世紀を通じ、神は此の者をば、
折々此の世に降し給ふ……
バルザック書簡。
[#ここで字下げ終わり]
※[#ローマ数字1、1−13−21]
彼はアラビヤの山多き地方に生れた、彼は健《すこや》かに
軟風《そよかぜ》の云ふを聞けば、※[#始め二重括弧、1−2−54]これはこれジュギュルタが孫!……※[#終わり二重括弧、1−2−55]
やがては国のため人民のため、大ジュギュルタ王とはならん此の者が、
いたいけなりし或る日のこと、
来るべき日の大ジュギュルタの幻影は、
その両親のゐる前で、此の子の上に顕れて、
その境涯を述べた後、さて次のやうに語つた
※[#始め二重括弧、1−2−54]おお我が祖国よ! おお我が労苦に護られし国土よ!……※[#終わり二重括弧、1−2−55]と
その声は、寸時、風の神に障《さまた》げられて杜切れたが……
※[#始め二重括弧、1−2−54]嘗て悪漢の巣窟、不純なりし羅馬は、
そが狭隘の四壁を毀《こぼ》ち、雪崩《なだ》れ出で、兇悪にも、
そが近隣諸国を併合した。
それより漸く諸方に進み、やがては世界を我が有《もの》とした。
国々は、その圧迫を逃《のが》れんものと、
競ふて武器を執りはしたが、
空しく流血するばかり。
彼等に優《まさ》りし羅馬の軍は、
盟約不賛の諸国をば、その民《たみ》等をば攻め立てた。
彼はアラビヤの山多き地方に生れた、彼は健《すこや》かに
軟風《そよかぜ》の云ふを聞けば、※[#始め二重括弧、1−2−54]これはこれジュギュルタが孫!……※[#終わり二重括弧、1−2−55]
我、久しきより羅馬の民は、気高《けだか》き魂《たま》を持てると信ぜり、
さはれ成人するに及びて、よくよく見るに
そが胸には、大いなる傷、口を開け、
そが四肢には、有毒な物流れたり。
それや黄金の崇拝!……そは彼等武器執る手にも現れゐたり!……
穢《けが》れたるかの都こそ、世界に君臨しゐたるかと、
よい力試《ちからだめ》し、我こそはそを打倒さんと決心し、世界を統べるその民を、爾来白眼、以て注視を怠らず!……
彼はアラビヤの山多き地方に生れた、彼は健《すこや》かに
軟風《そよかぜ》の云ふを聞けば、※[#始め二重括弧、1−2−54]これはこれジュギュルタが孫!……※[#終わり二重括弧、1−2−55]
当時羅馬はジュギュルタが事に、
介入せんとは企てゐたり、我は
迫りくるそが縄目《なはめ》をば見逃さざりき。立つて羅馬を討たんとは決意せり
かくて我日夜悶々、辛酸の極を甞《(な)》めたり!
おお我が民よ! 我が戦士! わが聖なる下々《しもじも》の者よ!
羅馬、かの至大の女王、世界の誇り、
かの土《ど》は、やがてぞ我が手に瓦解しゆかん。
おお如何に、我等羅馬のかの傭兵、ニュミイド人《びと》等を嗤《(わら)》ひしことぞ!
此の
前へ
次へ
全5ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
ランボー ジャン・ニコラ・アルチュール の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング