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[#地から12字上げ]千八百六十八年十一月六日
[#地から7字上げ]シャルルヴィル公立中学通学生
[#地から5字上げ]ランボオ・アルチュル
[#地から1字上げ]シャルルヴィルにて、千八百五十四年十月二十日生
[#改ページ]
2 天使と子供
ながくは待たれ、すみやかに、忘れ去られる新年の
子供等喜ぶ元日の日も、茲《(ここ)》に終りを告げてゐた!
熟睡《うまい》の床《とこ》に埋もれて、子供は眠る
羽毛《はね》しつらへし揺籠《ゆりかご》に
音の出るそのお舐子《しやぶり》は置き去られ、
子供はそれを幸福な夢の裡にて思ひ出す
その母の年玉貰つたあとからは、天国の小父さん達からまた貰ふ。
笑ましげの脣《くち》そと開けて、唇を半ば動かし
神様を呼ぶ心持。枕許には天使立ち、
子供の上に身をかしげ、無辜《(むこ)》な心の呟きに耳を傾け、
ほがらかなそれの額の喜びや
その魂の喜びや。南の風のまだ触れぬ
此の花を褒め讃へたのだ。
※[#始め二重括弧、1−2−54]此の子は私にそつくりだ、
空へ一緒に行かないか! その天上の王国に
おまへが夢に見たといふその宮殿はあるのだよ、
おまへはほんとに立派だね! 地球|住《ずま》ひは沢山だ!
地球では、真《しん》の勝利はないのだし、まことの幸《さち》を崇《(あが)》めない。
花の薫りもなほにがく、騒がしい人の心は
哀れなる喜びをしか知りはせぬ。
曇りなき怡《(よろこ)》びはなく、
不慥《(ふたし)》かな笑ひのうちに涙は光る。
おまへの純な額とて、浮世の風には萎むだらう、
憂き苦しみは蒼い眼を、涙で以て濡らすだらう、
おまへの顔の薔薇色は、死の影が来て逐ふだらう。
いやいやおまへを伴れだつて、私は空の国へ行かう、
すればおまへのその声は天の御国《みくに》の住民の佳い音楽にまさるだらう。
おまへは浮世の人々とその騒擾《どよもし》を避けるがよい。
おまへを此の世に繋ぐ糸、今こそ神は断ち給ふ。
ただただおまへの母さんが、喪の悲しみをしないやう!
その揺籃を見るやうにおまへの柩《(ひつぎ)》も見るやうに!
流る涙を打払ひ、葬儀の時にもほがらかに
手に一杯の百合の花、捧げてくれればよいと思ふ
げに汚れなき人の子の、最期の日こそは飾らるべきだ!※[#終わり二重括弧、1−2−55]
いちはやく天使は翼を薔薇色の、子供の脣に近づけて、
ためらひもせず空色の翼に載せて
魂を、摘まれた子供の魂を、至上の国へと運び去る
ゆるやかなその羽搏きよ……揺籃に、残れるははや五体のみ、なほ美しさ漂へど
息づくけはひさらになく、生命《いのち》絶えたる亡骸《なきがら》よ。
そは死せり!……さはれ接唇《くちづけ》脣の上《へ》に、今も薫れり、
笑ひこそ今はやみたれ、母の名はなほ脣の辺《へ》に波立てる、
臨終《いまは》の時にもお年玉、思ひ出したりしてゐたのだ。
なごやかな眠りにその眼は閉ぢられて
なんといはうか死の誉れ?
いと清冽な輝きが、額のまはりにまつはつた。
地上の子とは思はれぬ、天上の子とおもはれた。
如何なる涙をその上に母はそそいだことだらう!
親しい我が子の奥津城《(おくつき)》に、流す涙ははてもない!
さはれ夜|闌《た》けて眠る時、
薔薇色の、天の御国《みくに》の閾《しきみ》から
小さな天使は顕れて、
母《かあ》さんと、しづかに呼んで喜んだ!……
母も亦|微笑《ほゝゑ》みかへせば……小天使、やがて空へと辷《(すべ)》り出で、
雪の翼で舞ひながら、母のそばまでやつて来て
その脣《くち》に、天使の脣《くち》をつけました……
[#地から10字上げ]千八百六十九年九月一日
[#地から5字上げ]ランボオ・アルチュル
[#地から1字上げ]シャルルヴィルにて、千八百五十四年十月二十日生
[#改ページ]
3 エルキュルとアケロユス河の戦ひ
嘗て水に膨らむだアケロユスの河は氾濫し、
谷間に入つて迸《(ほとばし)》り、その騒擾いはんかたなく、
そが浪に畜群と稔りよき収穫を薙ぎ倒し、
人家悉く潰滅し、みはるかす田畠《でんぱた》は砂漠と化した。
かくてニムフはその谷を去り、
フォーヌ合唱隊亦鳴りを静め、
人々は唯手を拱《こまぬ》いて河の怒りを眺めてゐた。
此の有様をみたエルキュルは、憐憫の思ひに駆られ、
河の怒りを鎮めむものと巨大な躯《み》をば跳《をど》らせて、
逞しい双腕に泡立つ浪を逐ひまくし、
そがもとの河床に治まるやうに努めたのだ。
制《おさ》へられたる河浪は、怒濤をなして呟きながらも、
やがて蜿蜒《(ゑんえん)》たるもとの姿にかへつたが、
河は息切《いきぎ》れ、歯軋《はぎし》りし、そが蒼曇る背をのたくらし、
そが険呑《けんのん》な尾で以て荒《すが》れた岸を打つてゐた。
エルキュルは再び身をば投入れて、腕をもて河の頸をば締めつけ
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